ぐるぐる通信2-2
ネイティブ・カナディアン ビル長老の話 その2
札幌 みかみめぐる
■鷲の羽根のお守り
「−−どんなに苦しく困難な目にあった時でも、この鷲の羽根がお前を守り、助けてくれるから。」とビル長老から手渡された羽根は、鷲の幼鳥の柔らかな羽根だった。人と人は、多くの事を語らずとも大切な思いを理解しあえる時がある。その時のビルさんの眼差しは、大きな愛情に満ちていた。
鷲の羽根のお守りをいただいた時、私は37歳だった。それから7年の歳月が流れ、私の身にもいろいろな事が起きた。他人の悪意に満ちた中傷に足元をすくわれたり、義父の病気や看護、不治の病いとなった親友の闘病と死。両親と妹夫婦の不和。長女の結婚、そして出産。誰にでも訪れる人生の荒波が、私や家族の身にもおしよせた。悲喜交々いろんな出来事があったが、鷲の羽根のお守りはいつも私を励まし、勇気づけてくれた。
広島、富士山、神戸での祈り、そしてシルクロードからカラコルムの山間を巡礼した時も、鷲の羽根はいつも一緒だった。
■再会の喜び
毎年ビルさんからは美しいニューイヤーカードが届いたが、ここ数年便りは私からの一方通行となり、ビルさんからの音信は途絶えてしまった。
今年もビルさんからのカードは届かず安否を気にしていた私に、思いがけない朗報が届いた。なんと北海道ウタリ協会静内支部の招きで、ビル夫妻が来日することになったというのだ。
今年の2月、雪でまっ白になった札幌の街中で、私はビル夫妻と5年ぶりに再会した。ずいぶん白髪が増えてはいたが、ビルさんの元気そうな様子に私はほっとした。
その夜集まったごく親しい友人数名に、ビルさんは相変わらずの静かな口調でこんな話をした。
「実は、ここ数年手紙を出せなかったのは、体の具合がひどく悪かったったせいなんだ。何度も倒れ、一時は集中治療室に入り、家族達はもうだめかもしれないと思ったほどだった。私が少し回復してくると、今度は妻のローラが病気になり寝込んでしまった。二人とも西洋医学では原因がよくわからず、私は親しいメディスンマンに相談に行き、そこで真実を知ったのだ。
私を妬み私の不幸を願う者が、他のメディスンマンに頼んで、私達にバッドメディスンをかけたのだ。私の力になってくれたメディスンマンは、バッドメディスンの呪いをかけたメディスンマンの所へ行き、事態の重大さと行ないの間違いを説得してくれた。それでそのメディスンマンは呪いを解き、私達は再び元気になれたのだ。
人の嫉妬というものは実に恐ろしいし、私やローラのように先祖からのスピリチュアルな世界を強く受け継いできている者ほど、バッドメディスンの影響を受けやすいのだよ。」。
私達はビルさんの話しを聞いてしばらく声が出なかった。ここ数年ビル夫妻が受けた苦しみは、いわゆるブラックマジックで、似たような話はバリ島でもジェゴグ(竹のガムラン)の楽団を率いるスウェントラさんから聞いたことがある。他人の成功や幸福を妬む心というものは、人間の業なのだろうか。カナダでもインドネシアでも日本でも、どこの国でも他人の不幸を望む人間がいるのだ。
しかし、ビルさんの話しの中で少し救われる気がしたのは、バッドメディスンをかけたメディスンマンが、一方のメディスンマンの説得に応じたということだ。誰に依頼されたかは絶対に言わなかったそうだが、呪い合戦にエスカレートしなくて本当に良かった。
そう思うと胸が熱くなり、私の瞳はついウルウルになってしまった。そんな私にビルさんが「私達はもう3回も日本に来たのに、お前達はいつになったらカナダに来るつもりだい。」と明るく話しかけてきた。ビルさんは決しておしゃべりな人ではないのに、人の心を優しくときほぐす抱擁力がある。そういう気遣いが嬉しくて私も「近いうちに鮭のように海を渡り、川を遡ってかならずお父さんの家に帰るから!」と笑って答えた。
チェハリス族の長老ビル・ウイリアムズさんの真の名前は、レェトクァ・アムキン(鷲と鮭が調和しながら共に生きる)である。 終り (雑誌『気の森』19号より)
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