操縦桿が重い。対気速度は三〇〇ノット強、やや下降気味に積雲を回り込む。すでに黒
い筋はとてつもない量感をたたえたあの雲の向こうだ。ノスリはDF−200に比べて一回り
ほど機体が小さい。小柄だということは、ようするに相手から見えにくいということだ。
それは空中戦においてかなりの有利なポイントになる。まして奇襲を狙うならさらに。イ
ライは人差し指をガントリガーから浮かせ、そしていつでも発砲できるよう、全神経の七
割方を視力に預け、残りを全身に殺気としてみなぎらせる。いつもと同じだ。巡航速度に
勝る相手を撃ち墜とすには、ようするに相手の速度を殺せばいいのだ。操縦桿を左にやや
倒し気味で保持し、右のラダーを入れる。機体をゆっくりと、うねるように襲ってくるア
ドバース・ヨーを両足でコントロールする。もうすぐだ。俺の勘がただしければ、もう間
もなくだ。ジャイロ式の照準器をにらむ。照準環に敵機を捉えたとき、それは彼らの最後
の風景を意味するはずだ。左にバンクしたコクピットからは、ほぼイライの頭上を猛烈な
速度で雲の峰峰が吹き飛んでいく。思考の片隅で、しかしはっきりと、僚機の安否を思う。
ハスミ、じっと飛んでいてくれ。
やがて、雲が切れる。イライはスロットルを最大に、プロペラピッチも最大角度で、背
後から心地よいターボエンジンの咆哮を聞く。見えた。思った以上に近く、すぐそこに黄
色みがかったグレイの塗装を施した敵機が二機、並んで飛んでいた。気づいていない。そ
う信じるしかない。イライは機首を心持ち強くさらに左側へ振らせる。照準線が敵機の進
行方向からわずかに先を指す。そして、トリガーを引く。四門の二〇ミリ対空機関砲が火
を吹く。機関砲だけはこっぴどくしてやられたハチクマと同じ、メルクア・ポラリス製だ。
銃身が長く、初速が高い。そして信頼性も高い。曳光弾が二機並んで飛ぶ敵機のウィング
マンに吸い込まれていく。これは僥倖ではない、狙ったんだ。イライは弾道を確かめるこ
となく、ノスリを急な右ロールへ持ち込む。撃たれたことに気づいた敵機は、雲を避けて
右へ旋回するはずだ。あるいは雲に飛び込むかもしれないが、これだけの規模の積雲は、
もはや積乱雲と等しい。そんななかへ飛び込むパイロットを、イライは知らない。だから
右へ機体を振った。次の瞬間、視界のほぼ中央で茜色の炎が散る。命中だ。敵の編隊のウ
ィングマンに、イライの二十ミリが命中した。喝采を上げたくなるほどに気持ちのいい射
撃だった。敵機の左主翼が吹き飛んでいた。黒煙を盛大にまき散らし、被弾した敵機は左
主翼を失い、一気に墜ちていく。次は、リーダー機だ。予想通り、僚機の被弾を見、リー
ダーは右へロールした。こちらを見ていなかったのか。すでにイライの照準器のなかに、
彼、あるいは彼女はいた。イライはロールしていくリーダー機のミサゴを、意外にスレン
ダーな機体だと思った。エンジンに主翼と水平尾翼をくっつけたらこうなるだろう、そん
な形状で無駄がなかった。ハチクマよりも美しいかもしれない。が、俺はこいつを叩き墜
とさなければならない。トリガーを引いた。弾丸はきれいに集束していく。ハーモニゼー
ションが完璧だ。ゆるやかな弧を描いて、曳光弾がヴェイパートレイルとともにリーダー
機へと飛翔する。空が青い。なんて青いんだ。キャノピー越しに、雲がまばゆい。ゴーグ
ルをかけていてもまぶしい。そんな空だ。なんてきれいなんだ。イライが放った二十ミリ
は、そのままリーダー機の右主翼に次々と命中した。ミサゴのエルロンが飛んだ。フラッ
プも飛んだ。右の水平尾翼に大穴が空いた。が、火が出ない。イライはマスクのなかで舌
打ちをした。
が、敵はすでに手負いだった。止めを指してやろうか。それよりもイライはハスミが気
になった。これ以上ミサゴを追い掛け回しても、今度はこちらの燃料が心配になる。洋上
に出たとはいえ、いまだここは中立地域なのだ。海岸線まで逃げ込まれたら、帰れなくな
る。イライは戦闘機乗りであり、戦闘機乗りは何が何でも敵に弾を撃ち込んで、そして基
地へ帰還するのが使命だった。敵を撃ち墜としても自分が墜ちては意味がない。イライは
トリガーから指を浮かせた。敵機の、ミサゴのエンジン排気管から、いつかみた青白い炎
が吹き出していた。そういえば、ハチクマとの模擬戦闘のあとのデブリーフィングでヨノ
イから聞いた。ミサゴもハチクマも、ジェットエンジンの決定的な弱点である瞬発力のな
さを補うため、オーギュメンタと呼ばれる推力増強装置を搭載していると。タグサリが撃
墜されたあの日、形勢を逆転された大きな要因は、それだった。ミサゴが排気管から炎を
吹きだし、イライとタグサリのノスリはその上昇力に追随を許されなかった。あれがオー
ギュメンタか。突発的な加速力はないとヨノイは言っていたが、それでも手負いのミサゴ
はすでに、徐々にノスリを引き離しはじめていた。深追いは禁物か。イライは機体を水平
に戻し、そして後方に遠ざかったあの積乱雲に機首を向けようとした。何気なくぐるりと
首を巡らせ、キャノピー越しに背後をうかがった。予感だったのかもしれない。次に、イ
ライが見たものは、二筋の曳光弾の軌跡だった。
撃たれた!
イライは考えるより早く操縦桿を左いっぱいに倒し、機体を背面に入れ、さらに操縦桿
を股間にめいっぱい引きつける。天地が逆転する直前、イライは背後に黒煙を二筋見た。
襲いかかる加速度に、イライはマスクのなかで絶叫する。様々な思いをはき出す。前の二
機は奇襲だった。が、奴らが二機編隊だとなぜ自分は決めつけたのか。違う。奴らは四機
編隊だった。最初に見た二筋の黒煙は、先行する二機だったのか、後続の二機だったのか、
もはやわからない。が、二機ずつのエレメントで、合計四機、ミサゴは空にいた。背面に
入れ、パワーダイブに入ったノスリのコクピットから、手負いのミサゴが猛烈な速度で反
転していくのが見えていた。主翼端から真っ白なヴェイパートレイルを引いていた。右フ
ラップとエルロンを失った彼、あるいは彼女は、もう戦闘に参加することはないだろう。
逃げているのだ。そして、失った僚機を屠った相手を撃墜すべく、後続の二機がいままさ
に襲いかかってきている。ほぼ逆落としになったノスリは、操縦桿が石になっていた。び
くともしない。速度は四〇〇ノット。さらに対気速度計の針が回る。高度計の針が凄まじ
い勢いで逆回転していた。雲に飛び込むか。雲海の下に抜ければ、捲けるかもしれない。
が、ではハスミはどうする。そう思ったイライの眼に、敵の二機が散開し、一機がノスリ
ではあり得ないほどの速度で北へ向かっていくのが見えた。奴、ハスミに気づいている。
イライは無線のスイッチを入れる。
「ハスミ、聞こえるか。まだ飛んでいるか」
雑音。かなり距離が開いてしまっている。あのままハスミが二〇〇ノットに達しない程
度の速度で基地へ向かっていたとしても、こちらは最大速度で空中戦をやらかした。下手
をすれば五十マイル程度の距離はあるかもしれない。
「ハスミ、ヒムロ・ニ、聞こえるか」
「……まだ飛んでるよ」
「様子は」
「よくない。危なくてスロットルに触れない。いつエンジンが止まるか冷や冷やしてる」
ハスミの声は雑音の向こうで、それでも穏やかだった。よもやあきらめているわけでは
ないだろうな。
「ハスミ、悪い知らせだ。ミサゴが一羽、そっちに向かった。雲の下へ降りろ」
「撃ち漏らしたか」
「四機だった。うかつだった。俺のせいだ。奴ら、お前に気づいてる。ぎりぎりまで速度
を上げろ、こっちもまずい」
イライの呼びかけに、ハスミは無線スイッチのオンオフ二回で応えた。
イライのノスリは、ほぼ限界速度まで達していた。ラダーペダルから計器盤に足をずら
し、力の限りで操縦桿を引いた。引いている途中で雲に飛び込んだ。シーリングはどれく
らいか。水平儀で姿勢を確認しながら、イライは渾身の力で操縦桿を引いた。五〇〇ノッ
ト。降下速度の限界だ。これ以上になると、機体がバラバラになる、かもしれない。振り
返る気にならなかった。乳白色の雲のなかを、曳光弾が追いかけてくる。逃がしてくれる
気はないようだ。全身の血が座席に向かって下がっていくようだ。五G、六G。四〇〇ノ
ット。一気に雲を抜けた。鉛色の海面が飛び込んでくる。近い。背後から曳光弾。当たら
ない。ヘタクソ。放たれた曳光弾が海面にはねた。そんなに近いか。ようやく操縦桿を戻
し、左へ急ロール。反転トルクの関係で、ノスリは左旋回が得意だった。増槽タンクを捨
てたイライのノスリは、さらにロールレートが異常なほどに敏感だ。くるりと音がするよ
うに機体は反応する。振り向いた先に、ミサゴがいた。一機だった。こいつら、素人か。
散開してくれたのは、イライにしてみれば、チェック・メイト一手前から解放されたよう
なものだった。多勢で無勢を袋だたきにするのが戦争だ。こいつら、よほどの平和主義者
か。イライは口に出さずにマスクのなかで毒づいてやる。ならば、相手になるだけだ。機
速は三〇〇ノットまで落ちている。それでも速い。燃料計は……まだ一試合できそうだ。
が、延長戦にもつれれば、空中給油機のお世話になるしかない。空中給油機が展開できる
空域まで飛べればだ。
曳光弾がしつこく追ってくる。イライは機体を今度は右にバンクさせる。ノスリの左主
翼のすぐ上を曳光弾がかすめた。そのまま右へ抜けていく。引っかかったか。イライは機
体を右にバンクさせたまま、右旋回せず直進していた。両足のコントロールが肝だ。首を
巡らすと、案の定、イライの動きを読み過ぎたミサゴが踊っていた。ワンテンポ遅らせて、
イライは右旋回、それもかなり急激な。旋回性能でははるかにノスリに分があった。速度
は二五〇ノット。この速度域なら、ハンディはない。むしろ、ノスリが有利だ。イライを
オーバーシュートした形になったミサゴは、腹をこちらに向けたまま、得意のオーギュメ
ンタに火を入れていた。そのときイライはすでにスロットルを全開にしていた。ぐっと背
中に心地よい加速を感じる。二機の航跡が交差する。が、まだイライの照準器にミサゴは
入ってこない。それでもイライは撃った。普段より長めにトリガーを引いた。きれいな弧
を描き、弾幕を張る。そのまま逃げていけ。イライは右旋回をやめ、スロットル最大で北
へ向かう。こいつにかまっている余裕はない。できれば撃ち墜としておきたかったが、ハ
スミが心配だ。
「ハスミ、飛んでるか」
「まだ生きてる」
「ミサゴは」
「まだ見えない」
「現在位置は」
「海岸線はまだ見えない。カイバ島を三分ほど前に通過した」
中立線は越えたようだ。が、まだ味方の防空識別圏まで到達していない。
「メーデーは打電してる。友軍機が上がってくるはずだ」
カイバ島から十分ほどで防空識別圏に飛び込める。ホントの通信所が中継してくれれば、
基地から迎撃機が上がってくるはずだ。もう中立線は越えているのだ。が、その前に二機
のノスリが撃墜される可能性が高い。イライは最大速度で北を目指す。イライの弾幕につ
かの間逃げていたミサゴも、体制を立て直し、すでに追撃態勢にあった。追いかけてくれ
ばいい。ノスリの速度は再び増速、三〇〇ノットを超えていた。水平飛行時の最高速度記
録でも作るか。増槽もなく、残存燃料も心細くなっている今、機体は軽い。やがて、照準
器に黒い機影が見え始めた。黒煙を曳いていない。ハスミだ。もう一機のミサゴはどこで
何をやっているのか、姿が見えなかった。イライは高度を上げる。眼下に漁船。航跡が白
い。そして、波頭も白い。追い風だ。南からの風。おそらく間もなく、北からの風がぶつ
かる場所に着く。そこは前線だ。温暖前線。すでにキャノピーを雨滴が叩いていた。視界
が悪くなる。イライは左垂直尾翼の向こう側を、次に右の垂直尾翼の向こう側を警戒する。
プロペラはまだ勢いよく回る。こちらのエンジンは快調なのに、ハスミのエンジンはまだ
くずっているらしい。それでも飛んでいるだけ優秀だ。
「ハスミ、オイルは吹いていないか」
「油圧が落ちてる。吹いているかどうかはわからないが、これ以上の速度は無理だ」
「いまどれくらいだ」
「二〇〇出せない。一八〇くらいがやっとだ」
「十分我慢しろ。防空識別圏を越える」
「イライ、どこだ」
「後ろだ。五マイルくらいか」
「……敵は」
「視界が悪い。どこにいるのかわからない。警戒だ。警戒」
「くそったれ」
「喉が渇いたよ」
「帰れたらコーラをおごってやるよ」
「約束だ」
ジッパーコマンドが返ってくる。ハスミも自分も、まだ生きている。ゴールまで、あと
わずか。あとわずかだが、まだゴールではなかった。
緩やかに高度を稼いでいた。雨脚が強くなっていく。コクピットのなかも冷えてきた。
前線を越えたら、もしかすると雪になるかもしれない。けれど南風が強い今、それは錯誤
に違いなかった。雪でも降ってくれれば、より視界が悪くなる。着陸は面倒だが、ミサゴ
から逃げ切るには好機になる。奴ら、帰ったのか。
「イライ、警戒、十二時、ブレイク、ブレイク!」
「なに?」
首を巡らせたとたん、左主翼の、ちょうど左垂直尾翼のつけ根あたりの外版がはじけた。
激しい衝撃と目の前を過ぎる曳光弾。そのときに黒々とした機影。雲に紛れていやがった。
振り向いたまま、イライは操縦桿を左へ倒す。フラップは無事だ。かすめただけだった。
ヘタクソが。イライは反転させた機体をひねる。上昇するような愚は犯さない。速度が落
ちていた。曳光弾がよぎる。
「ハスミ、上昇できるか。雲に入れ」
「くそ、ポンコツ!」
ハスミは怒鳴りながらもゆったりと上昇を開始した。そのハスミにも曳光弾が襲いかか
っていた。振り向くと、イライの背後にいたミサゴが離れ、もう一機と編隊間を詰めてい
た。ハスミが手負いであることに気づいたのだ。イライは左ロールからそのまま一回転し、
順面に戻したあと、燃料残量を忘れた。スロットルを再び最大に。残弾はどのくらいか。
撃ち尽くすほどは撃っていない。それよりも二機のミサゴだ。盛大に撃ってくれるじゃな
いか。そろそろ弾切れを期待したいところだ。二二〇ノット、操縦桿は軽い。空気が重い。
高度が低いのだ。この高度では、EJ20型エンジンは最大出力が出ない。イライは照準する
ことなく、ミサゴがいるあたりめがけてトリガーを引く。短く撃った。先行している一機
が身を翻す。もう一機はまだハスミをねらえる位置にいる。
「ハスミ、雲だ、雲」
「わかってる。でも、ダメだ、エンジンがついてこない」
ハスミの声がうわずっていた。悲痛だった。イライは膝元の非常無線のスイッチを連打
する。ハスミの背後につけたミサゴが撃った。近い。当たる。ハスミのノスリが被弾する。
白煙がエンジンから上がった。エンジンナセルが吹き飛んだ。
「ハスミ!」
呼びかけにハスミはそれでも無線スイッチのオンオフで応えた。どんな意味か。生きて
るよ、そう言いたいのだ。が、ハスミの機体は、ゆっくりと右に傾きだした。目に見えて
速度が落ち始めた。高度も。白煙は止まらないが、黒煙にはならない。致命傷ではないよ
うだ。プロペラもまだ回っている。イライは一気に操縦桿を引き、高度を上げるとロール
し、背面飛行でミサゴに接近する。照準器のなかの照準環が揺れていた。見切りをつけた
ところで掃射する。もとより当てるつもりもなく、殺虫剤をぶちまけるような気分だった。
一機のミサゴが反応したが、もう一機はイライが照準していないことを悟っているかのよ
うに動かない。ハスミにとどめを刺すべく、追いつめていく。
「イライ、雲には入れない。シリンダーが何本か完全に死んだ」
「もうこちらの防空識別圏に入ってる。針路を維持してくれ。俺が何とかする」
「期待してるよ」
イライはハスミを真似、ジッパーコマンドで返す。イライはノスリを左へ急ロールさせ、
先行するミサゴに交差するように機銃を撃つ。左右五発ずつ、計十発。当たらない。照準
していないからだ。もう一機はやや離れたところから、まっすぐにイライを向いて迫って
いた。見るともう一機の機首から白煙が上がる。撃った。曳光弾がイライの左垂直尾翼上
部を貫通した。衝撃に機体が震える。方向舵はまだ無事だが、左垂直尾翼の先端がなくな
った。それだけで機体は砂利道を走るモーターサイクルのように安定を失った。イライは
一気に操縦桿を引きつけ、失速ぎりぎりまで機体を立てた。もう一機を引きつけて、ハス
ミを逃がすしかない。ノスリは機体の構造上、牽引式の戦闘機がアクロバットで見せるよ
うな失速を利用した急旋回ができない。そのまま尻から落ちる。イライはまだ翼が空気を
つかんでいるうちに、スロットルを開けて右へ機体を倒す。その先にはハスミと先行する
ミサゴがいる。イライは祈りながら撃つ。ハスミに当たってくれるなと。その動きが意外
だったのか、イライを狙うミサゴが離れた。あるいはそのイライの動きと、ノスリの機首
から上がった発砲煙を被弾か故障かと勘違いしたのかもしれない。イライは息が上がって
いた。視界が悪い。ゴーグルを上げた。そして、自分を狙っていたミサゴが離れた理由を
知った。雨雲から機影が見る間に近づいてくる。北からだ。機銃弾がイライとミサゴの間
を閃く。
「ハスミ、味方だ、味方だ!」
気づいたときには叫んでいた。
機影はやがて灰白色の迷彩とともにあらわになり、それがハチクマであることに気づく
時間は、ほとんどかからなかった。苦々しい思いだったが、二機のハチクマは青白い炎を
主翼に下げたエンジンポッドから吹き出させて、二機のノスリを追いすがるミサゴに機関
砲を撃ちまくった。
「ヒムロ・イチ、イライ大尉?」
「ヨノイ大尉か?」
「無事?」
「見ての通り」
ヨノイは応えず、二機のハチクマは戦闘隊形を維持したまま、まずあっという間にハス
ミを狙っていた一機を粉々にしてしまった。爆音、炎、そして黒煙。パラシュートは出な
かった。撃ったのはヨノイではなく、彼のウィングマンだった。正面からミサゴをバラバ
ラにした。コクピットを狙ったかのような撃ち方だった。はっきり見えた。すれ違い、反
転する。もう一機のミサゴは、急激に反転すると、そのまま一気に高度を捨て、逃げた。
ヨノイも追わなかった。
「ハリエンジュ・ニからイチ。作戦終了」
リコーダーのような声だった。
「カンナリ、お疲れ」
模擬戦闘のときと同じやりとりを、イライは汗をグラブでぬぐいながら聞いた。苦々し
い思いだった。
「ハスミ、生きてるか」
「九死に何とやらだな。生きてるよ。エンジンもまだ」
ハスミのノスリはまだプロペラは健在、盛大に白煙を吹いてはいるが、燃料が漏れてい
る様子はなかった。エンジン本体への直撃だったのだろうが、運がよかった。
「振動がひどい。シリンダーが半分くらい死んでるんじゃないか」
「帰ったら診てもらえ」
「生きた心地がしない」
「ホントを越える。もう陸地だ」
「ハリエンジュ・イチからヒムロ・イチ」
「ヨノイ大尉、なんだ」
「生きててよかった。何よりだよ」
「ありがとう、といえばいいのかな。素直に」
「そうだね」
ハスミはもう一五〇ノットも出せていなかった。それに合わせ、三機が編隊を組み直す。
陸地が見える。海岸線が見える。なじんだ風景だ。雨が強い。そして、失われた左垂直
尾翼の先端が、おかしな風切り音を立てていた。
帰ったら。
コーラを飲もう。PXの彼女にはなんと言えばいいだろうか。とりあえず、冷蔵庫を買っ
てもらえるよう、稟議書でも書くことにしよう。
四機はそれから、黙ったままでソラノ川を越えた。
(2005-05-25)