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GRADATION

 
 ある日からまったく未来が見えなくなってしまった。
 わたしは路地を歩いていた。
 曇っていた。
 路地はわたしの肩が軒先に触れてしまうほどに幅がなく、しばらく歩くと車がようやく
すれ違えるくらいの通りに出る。
 わたしはあわてて着替えようと思った。
 けれど、いつもわたしは午前8時と少し前にいて、着替えようとしても窓の向こうは雨
が降っていたから、どうしても着替えられなかった。そのうち懐かしい声や顔が思い浮か
ぶのだけれど、その先へ進まない。
 あるときはずいぶん広い通りを歩いていた。
 冬だった。
 雪が降っていた。
 夜だった。
 いまではナトリウムランプに切り替わってしまった街路灯は水銀灯で、ただでさえ奥歯
が噛合わないほどに冷え込んでいるのに、やたらと青く白い水銀灯はわたしを厳冬の遭難
者に仕立てるには十分だった。
 なじみの書店があった。
 いまうもうない。
 いや、現実の世界ではそうなのだ。いまは「あの」書店はもうない。そして、通りはす
っかり様変わりしてしまった。そこで気づく。覚醒したあとに。
 舞台がずっと同じだと思っていた。しかし、それは間違いだった。
 登場人物も入れ替わり、けれど舞台は変わらないと思っていた。そこへ行けば、以前と
変わらず、少し歳をとった自分がまた登場人物になり、舞台に上がれるものだと思ってい
た。それは間違いだった。
 舞台も確かに変貌していた。
 だから、わたしはわたしの記憶の中へ旅に出る。
 あるときは、わたしは地下へ続く階段を降り、自動券売機で切符を買った。地下鉄に乗
ろうと思った。乗ろうと思っているはずなのに、どこへ行きたいのかがわからない。目覚
めたあとでそう気づく。地下鉄に乗ろうと思っているのに、行く先がわからない。そう、
夢の中に広がるわたしのもうひとつの世界について、わたしはおそろしいくらいに何も知
らない。もちろん、あの地下鉄がどのような路線を持ち、どこからどこまでをつなげてい
るのかもわからない。いや、それ以上に、わたしはあの地下鉄が走っている街の名前を知
らない。
 断片的な記憶をフィルムやテープを切り貼りするようにつなげて行っても、きっと体験
した時間の長さより、あたかもそれが映画であるかのように、編集のための時間が膨大に
なってしまう。それはいつものこと。
 知らない街の夢をよく見る。
 夢の中で、わたしはその街の住人になっている。
 部屋があり、知った顔があり、知った風景がある。
 夢の中で、わたしは「一度も見たことがないはずの街の風景なのに」、よく馴染んだ風景
だと思っている。知った風景だと信じている。
 買物にも行く。それは子どもの頃にでかけた工場そばのスーパーに似ているのだけれど、
目が覚めてみれば、あの建物に記憶がない。夢の中のスーパーは、大きな通りに沿って建
っていた。たしかにあの工場そばの「現実の」スーパーも、国道沿いに建っていた。けれ
ど、夢のスーパーが面していた通りは、わたしが本当に知っているあの国道ではなかった。
 すべてがこんな調子だ。
 夢の中の街は、わたしにとってよく馴染んでいた。とても心地よい街が多かった。いろ
いろな駅前も知っている。花壇が植わっていて、駅前には細長いビルが建っていた。一階
には書店が入っていて、わたしはそこで地図を立ち読みした。暑い夜だった。が、あの街
をわたしは知らない。
 すぐそばにあるような気がする。
 が、絶対に訪れることができない街。
 むしろその街に懐かしさを感じているとき、わたしはこの世界から興味を失ってしまう。
わたしの中に、もうひとつの世界を見つけたからだ。

【矢田直史『知らない懐古』(1997年 星見堂出版)より抜粋】

夢はいつだってわたしを知らない街へと誘うのです。
 けれど、わたしはその街を知らないのです。
 帰宅途中、モノレールによく似た乗り物から降り立ち、プラットホームで見上げた、あ
のライトアップされた巨大な赤い鉄塔は、もしかしたら東京タワーなのかな、とも思うの
ですが、東京タワーをあの角度で見上げる位置に、東京モノレールの駅はありません。
 細い路地を歩いて自分のアパートに帰り、まだ荷物も解けていない自室を見渡して、自
分が北関東の地方都市に引っ越した実感を抱いたこともありますが、あの街がいったいど
こなのかもまったくわかりません。部屋から見えた電車の線路は、前橋郊外の両毛線に似
ていましたけど。
 雪の東北自動車道を宇都宮に向けて走ったこともありますが、わたしは宇都宮に行った
ことがありません。
 宇都宮から山間部を抜けて湖で食事をして、そのまま渡良瀬渓谷から桐生に抜け、前橋
を目指そうとしたこともありますが、渡良瀬渓谷は見たことがありません。
 ふしぎと北海道の夢を見ません。
 もしかすると、わたしがいつも見ている風景は、北海道のどこにでもある風景だから、
あえて場所的理解度が皆無なのかもしれません。
 なににせよ、夢は奇妙です。
 夢を見て、それが夢だったことに安堵したことも数知れないのだから難しいところです。
見なければ見ないでよいのですけど。

 夢を日記に毎日つけていると死んじゃうそうです。
 本当だったら、少しこわいです。

 ゴミに埋もれたような広い草原の夢をみました。
 わたしはこわれた傘をひろって、バス停に立っていました。

 バスを待っても来なかったので、わたしは歩きはじめました。
 夕暮れまではまだ時間はあったので、わたしは歌を歌いました。

 携帯電話をどこかで落としてきたようです。
 でも……。

 バッテリーが切れてしまったから、きっと誰も電話をかけてこないでしょう。
 だからわたしは、歌を歌いました。

 歌を歌いながら、夕日を横顔に浴びて、いつまでも歩きました。
 バスはいつまでたっても来ませんでした。

 どういう生活がいいのか、考えたことがあります。
 しかし、きっと人間が生きていくということは、理由を見出さないとまったくもって意
味のない、覇気のない、唾棄すべき時間の流れに飲み込まれていくでしょう。
 そうすることがいいのか、それでも自分に延々と言い訳をしながら生きていくのがいい
のか、言い訳をするくらいならば、その場で生活を終えてしまうか、またははじめるしか
ありません。
 きっとはじめたら終わっちゃうんでしょうけど。

 一度でも自殺をしようとした人からは、幸せが逃げてっちゃうって、
 本当ですか?

 世界は終わりに近づいている気がします。
 いまはきっと初夏の午後六時のような、果てしない夕景が極限まで引き伸ばされた時間
の上を転がっているんです。
 もう止めることもできずに。
 引き伸ばされていることもみんな知らないのです。
 あなただけがそのことに気づいていたら、指摘できますか?
 そんな気がします。
 すべてが、転がり続けているのですよ。みんな気づかないのですか? そのほうがおか
しい!

 ときどき、頭の横のあたりがザワザワします。
 ザワザワはゆっくりと時間をかけて内側へ入り込んでいって、そして右と左でザワザワ
が合流して、そのまま真上に行くんです。
 ザワザワが始まると、いてもたってもいられなくなります。
 ザワザワはマイナス方向に振られることもあるし、プラス方向に降られることもあるよ
うです。プラス方向は滅多にありません。でも、プラス方向に転じたときは、不思議とす
べてがうまく行くような気がします。
 けれど、ザワザワはまた降りてきます。
 そして、右と左に分かれます。
 これは案外はっきりとしたイメージをともなってザワザワがくるんです。
 分かれたとき、それまでもし感じていたとしたら昂揚感などすべて吹き飛び何も残りま
せんよ。
 ただじっと耐えるしかありません。
 テレビを見ているときにザワザワが来ることもあります。
 布団にもぐりこんでからザワザワが来ることもあります。
 布団の中でザワザワがきたら、耐えるしかありません。
 時間が早ければ、誰かからの交信を待ちます。こちらからメールを打つこともあります
が、返事は滅多に来ないので、やはりただじっと耐えるしかありません。
 時間がくれば、ザワザワも行ってしまいます。ザワザワが消えれば、マイナス方向に著
しく振られた心の状態も余韻が冷めていくのです。そうすれば眠れます。

 ザワザワを知りませんか?
 わたしは忘れたいです。



(2004-03-20)



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