オレンジ色の少年がとぼとぼとバス停を探していました。
ところが今夜は満月の夜だったので、満ち潮のかけらが草原とも荒れ地ともつかないま
わりの風景と同化して、耳の奥底からのたまったとき、君のアイスキャンディは手の中で
溶けていくのです。それは許されないことでした。
落としたコインを探そうと思っても無駄でしょう。失せ物は出ません。東の方角にある
はずです。路面電車の軌道の上はとても滑りやすいですから、警笛が鳴ったらすぐにプラ
ットホームに駆け上がり、満月を仰ぐのです。美しい。何よりもまだ、わたしたちは生き
ているのです。この世界が、いまもまぶしく輝いているから、なによりも隣に君がいるか
ら、わたしは生きていけるのです。わたしたちの言葉では、それを「世界」といいます。
小さなオレンジ色の少年は、マスターアームスイッチをONにしましたが、ストアコント
ロールパネルの表示は沈黙したままでした。二次電源が死んでいます。
わたしは隣に並んだあなたに語りかけるでしょう。
「出勤はいつ?」
あなたは沈黙したままです。
空には放り上げたまま落ちてこないまんまるのお月様。
わたしはプラットホームにいるのですが、いつまでたっても電車が来ません。あきらめ
た方がよろしいようですよ。
わたしは隣に並んだあなたに語りかけています。
「お腹減りましたね」
あなたは沈黙したままです。
オレンジ色の少年はやがて草原に向かって駆けだしていきました。鳥を見つけたからで
す。緑色の鳥です。月明かりの中で青く煙った午後八時の空気は、水槽の底のようで、オ
レンジ色の少年は仲間を捜していました。
彼は少年という名の鳥でした。鳥は卵から生まれます。卵は世界です。生まれ出ようと
欲する者は、世界を破壊しなければならないのです。
しかし、あなたは車輪の下でハンスの夢を見ていました。だからしかたなく、わたしは
プレッツェルを食べようと思いましたが、ポケットの中にはルートビアがあったので、よ
く冷えるように夜空に向かって投げ上げました。
会えない日も忘れなかったよ。
いつまでも会えないと思っていたよ。
突然の呼び出しコールには驚いたけれど、雪の向こうに君の顔があった。光の川のほと
りで、わたしはセブンスターに火を点けたんだ。すべて喫い尽くそうと思ったよ。ライタ
ーの月は今夜に限ってとてもよくて、友達の怜はわたしを止めたんだ。
「やめておいた方がいい。この先の通りは、君の世界ではないよ」
わたしは交差点をいくつも越えて、街灯が並ぶ凍った路面を滑って歩いたよ。
オレンジ色の少年はそのころ、卵という世界を知り、そしてそこから飛び出ることを選
んだのです。しかし、火星はまだ頭上にありました。赤い星でした。まだ平和だったあの
ころの記憶です。
怜がわたしに言った言葉を忘れないでしょう。
「立ち読みは身体に悪いんだ。ほどほどにしておく方がいい」
わかっていました。
しかし、出る前にシャワーを浴びてしまったため、わたしの髪は凍りついていました。
そして、時間がありませんでした。実は立ち読みをしようと思っていたのに、怜にはばれ
ていたようです。さすが彼は鋭いところがあります。
何もかもが終末へと突っ走っているようです。
終わりが見えるとつぶやいたあの女の子は、果たして海を見つけることができたのでし
ょうか。砂浜という言葉がすでに忘れ去られたあの時代の彼女は?
わたし自身、それを疑っていました。
すると、クラッシュアイスをかじりながらボブが現れたのです。そして、ボブはゲラゲ
ラ笑ってわたしを指さしました。
「ほら、カッシーニの間隙がそこにあるよ」
わたしも笑顔を返しました。
「ガリレオ衛星をすべて答えることができたら、君も大人だね」
ボブは大爆笑して街路から消えていきました。ブラタナス並木の綿毛が舞い散っていま
した。駅前で盛大な煙を吐いているのは誰ですか?
正直者のケネスは明日の朝になったら、牛乳が腐っていることを見つけることでしょう。
それは仕方のないことでした。すべてに始まりがあり、終わりがあるからです。
ロイヤルホストの看板がくるくる回る交差点を右折したとき、わたしは通りの彼方まで
見渡すことができました。テールランプがかすかに滲んでいました。眼の端で。
眼が極端に乾いていましたから、わたしは書店で雑誌を読み、自分の世界を、自分が籍
を置いている世界のかけらをかき集めてポケットにつっこみ、そしてあの信号機を越えよ
うと思っていたのです。しかし、時間は容赦なかったのです。鍛冶屋のロビンはだから今
夜もギムレットをあおっていました。もうよせとバーテンダーが叫ぼうと、鍛冶屋のロビ
ンはお構いなしでしたよ。わたしは見ました!
あの角の向こうに、陰気な通りが何本も並んでいました。
書店の前を戦闘巡航で通過したあと、わたしはストアコントロールパネルを一瞥しまし
た。全兵装は蘇っていました。マスターアームスイッチはわたしがONにしました。定め
られていたのです。射出座席もアームド。キャノピーは離陸前にブーストです。
少年は光り輝く月を手のひらにかざしてみました。天蓋をシグナスが横切っていました。
季節がわかりませんでした。雪の降る夏の夜でした。あり得ないことです。
スターリングラードでソ連兵がみんな寝ているのにエロイことをしていました。あり得
ないとヒロタカが怒り狂っていました。でも、それをピッピはニヤニヤ笑いながら聞いて
いました。似たような光景を彼女は放課後の誰もいない教室で見かけたことがあったから
でした。ヒロタカは言います。
「だからトマトが赤くなるんだ」
あり得ないことです。
夜間外出は控えた方が良さそうです。
わたしは胸のずっと奥で歌を歌っていました。
わたしの知らない世界が数十メートル先に広がっているからです。
わたしは煙草に火を点けました。
どうやら目的地に到着してしまったようですよ。びっくりです。そしてわたしは真の愚
か者になってしまいました。
やがてわたしのポケットの中で「六墓村の手鞠歌」が鳴り響くのです。その前にわたし
はIFF応答なしですよ。短信一発。単身ですけど。よくわかりません。
「手鞠歌」は冷え切った夜の街角に鳴り響きました。とても間抜けです。
IFFに反応があったのです。
RDY AAM-3
RDY GUN
近接防空システムが作動する前に、目視でのインターセプトが必要です。ルックダウン・
シュート・ダウン、またはピパー・オン・ターゲットです。
オレンジ色の少年は、海岸線を目指しました。ススキに似た草がびっしりと茂っていて、
青い月明かりを浴びて石英をちりばめたみたいに輝いていました。世界は本当に美しいと
少年は思いました。
(僕は、こんな世界に、いままで、ずっと、暮らしてきたんだ)
そうだよ。知らなかったのかい?
ははっ、ゴミは隅に溜まるもんだ。
少年は駆け続けました。海は凪でした。ジェリーのように量感をたっぷりとした波は静
かで、どこか遠くから派手なバックファイアの音が聞こえたのです。少年は思いました。
僕は、まだ、この世界の、住人でいるんだ。
しかし、わたしは「手鞠歌」に惑わされていたので、煙草に火を点けたままでふるえて
いました。寒いのですよ。とにかく。
どうしようもなく寒いので、仕方なく手を引っ込めるしかありません。
見えないまま、わたしはその場を立ち去るべきでした。目の前に並ぶ自販機を眺めて、
わたしは煙草の数を数えました。まだ大丈夫でしょう。ええ。問題ないですよ。
ジッパーコマンドを返すまもなく、わたしはスロットルをミリタリーへ。アフターバー
ナーはRTBですよ。ジョーカーはみっともないですよ。
チェック・シックス。
目標視認。
近すぎました。
わたしは、ベイルアウトするまもなく、その世界の扉を開いてしまいました。
(2004-03-21)