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閉鎖病棟

 
 日だまりでどこか冷たい風に吹かれていましたが、一日中不快感が消えないのです。例
の吐き気とめまいと頭痛ですよ。頭痛がひどいですよ。それ以上にめまいがひどいのです。
何とかしてください。
 病院へ?
 行く暇も金もありませんよ残念ながら。
 医療費に金など使えるか!
 という気分です。
 どうせ判別しないのですよ。
 それ以上に、万一病院に行って、左腕で採血などされた日には、まずいです。とっても
まずいですよ。そのまま別の科へ連れて行かれる可能性がありますよ。尋問がはじまりま
す。
 医師など信用できるか!
 同じ人間だぞ!
 そして、あの尊大な態度。
 地下鉄南北線のとある駅を降りてすぐにあるとある病院に一言言いたい。
 ヤブ医者!
 去年の四月くらいだったかな。
 同じように頭痛と吐き気とめまいが止まらず、なんとわたしは早退したのだ。そして病
院に行きましたよ。北大病院は残念ながら病床数が多いためよけいな金がかかってしまい
ます。なので、その札幌市営高速鉄道一号線だっけ正式名称は? 札幌市交通局高速電車
部が管理していて、財団法人道路施設協会ではなくて、財団法人なんとかかんとか交通な
んとかかんとかが委託されている地下鉄の南北線の駅から徒歩数分の病院へ行ったのです
よ。
 そのバカ医者め!
 吐き気がとめまいがとまらんということで、クスリをくらい、その前に吐き気止めだか
めまい止めの注射をされましたよ。金がかかってしまったじゃないか。
 そして、エコー検査までやられ、 
「異常ないです」
 と。
「この頭痛と吐き気とめまいは何が原因なんですか? 仕事中、左目が見えなくなったん
ですけど」
「さあ、わかりませんが」
 てめぇそれでも医者か!
 と取り乱しそうになってしまいましたよ。
 これだからもう。
 ある後輩に聞いたところ、やはりそこの病院はいい噂がないそうで。
 わかりましたよ、北大病院に行きますよ。高いけど。

 病気自慢でもしましょうか?
 実はわたし、これといって大きな病気をしたことがないのですよ。
 小学生の頃、気管支炎もどきにかかり、一週間以上咳が止まらず、歩くたびに息が切れ
るというヒイコラヒイコラバヒンバヒン状態に陥ったものの、肺炎で死ぬことなく(あの
とき死ねばよかった)、毎日病院へ連れて行かれ毎日注射を食らうということがありました
が、そのほかには小指を折ったとか、せいぜいがジンマシンが全身に湧いた程度で、年に
風邪も数回引くか引かないかという人間だったわけですよ。健康でもないけど。
 ところが、ここ1、2年はひどい状況ですよ。
 ことの発端は、なんでしょうね。
 去年、史上最悪の年とも形容される2003年、わたしは元旦からインフルエンザにかか
ってしまい、ひどい目に遭ってしまったのですよ。
 2002年12月31日、わたしは退勤後、東区はイオンショッピングセンターでささやか
なる食料を購入しておりました。Kさんと偶然出会い、一言二言話をしましたが、そのと
きすでにわたしはへんな悪寒を感じておりました。しかし、当時からわたしは仕事中にふ
らふらしたりしていたので、いつものことだ、へけけとポテトチップかなんかを購入して
帰ったのですよ。
 そして、紅白歌合戦? なんじゃそりゃ状態の一夜を明かし、1月1日と呼ばれる、ど
うも1年のうちではなかなか特殊な日なのにわたしはなんの感慨もなく、しかし目覚めた
ときにはすでに熱が出ていました。ひどい話です。
 元旦なので休みです。
 当然病院も休みです。
 くたばりかけていたものの、死ぬ思いでわたしは大通にある医師会救急なんとかセンタ
ーに行きましたよ。
 じつは、2002年の秋、胃の痛みに耐えられず、わたしは会社を早退(得意だな)したあ
げくその、救急なんとかセンターへ行き、三十分ほど待った後で診察を受け、
「急性胃腸炎ですね」
とのありがたいお言葉と、消炎剤をいただき、家に帰ったのですよ。
とうぜん食べ物も飲み物もいっさい喉を通りません。喉を通っても胃が受け付けません。
「機長、何をするんですか」状態です。←逆噴射と言いたいだけ。
結局一晩中いすの上でのたうち回り(横になって眠れない)、翌朝仕事をぶっちぎり、友
人Oのおすすめの、札幌駅前はアスティ45にある胃の病院に行きましたよ。すると、病
状と処方箋を渡したあと、医者が言いましたよ。
「カメラ飲みますか」
 ええ、一昼夜なんも食ってませんからね。
 そこでわたしのカメラデビューですよ。
 ええ。
 ひどいもんです。許せないのは、あの喉の麻酔ですね。
「飲み込まないでくださいね」
 ああ、これがあの「明石英一郎のアタックヤング」で明石英一郎が言っていた喉の麻酔
なんだな。それにしてもこの出来損ないのゼリーはなんだ。そしてこの味!
 だんだん口の中の感覚がなくなっていくのです。正座しすぎた下半身ですよ。
 飲み込むなと言うのが無理な話で、パブロフのワンちゃん状態の口の中はでろんでろん
ですよ。こんな謎のゼリー飲み込みたくもないし、と耐えること数分。ようやく吐き出し
たあとに、ショットですよショット。注射でさらに麻酔を。
 ああ、これがあの「明石英一郎のアタックヤング」で明石英一郎が言っていた胃の麻酔
なんだな。それにしても口の中が気持ち悪いぜ。
 そして、いよいよベッドに横たえられて、はじまった!
「歯を磨いたりしてて『おえっ』となりやすいですか?」
「かなりなりやすいですよ」
「ではもう一本麻酔を打ちますね」
 また注射を打たれました。
 わたしの人生のなかで、あれほど気持ちのいい意識の遠のき方をしたことはないですね。
あの注射は気持ちよかった。ショットされた瞬間、頭がぼんやりと、意識が頭の奥の方へ
ずり落ちていくような感覚で、明るかった部屋が、こう、低酸素症に陥ったように暗くな
ってくのです。あれは気持ちよかった。あのまま意識不明になれたら最高ですね。あのク
スリを大量にショットされたら、あの感覚で、幸福のままでわたしの世界は終わるんです
よ。すばらしい! あれ欲しい。
 で、次に待ち受けていたのは地獄ですよ。
「あー、ずいぶん出血してますねー」
 結論は胃潰瘍でした。
 全治わすれた。6週間くらいだったかな。
「これ以上悪化したら即入院ですよ。来週また来てください。カメラの映像見せましょう
か?」
 翌週はわたしは元気に仕事をしていました。誰が病院など行くか!
 そうなんです。
 その病院で処方されたクスリが思いの外効いて、痛みがなくなったので「治った」とわ
たしは判断したのです。
 実際、わたしは医師に「また来週来てください」と言われて行ったことがほとんどあり
ません。なぜなら病院という場所はとてもわたしにとって無益でなんの楽しみも与えてく
れないからですよ。
 なんの話だっけ?

 インフルエンザですね。
 で、元旦の夜、行きましたよ。救急なんとかセンターへ。
 びっくり。
 なんじゃこの混み方は!
 そして、座る場所がねぇじゃねぇか!
 俺は必死こいて、39度の熱の身体を操縦し、ここまで来ているんだ!
「ねえ、熱っぽいよ……」
「おら、もっとくっつけよ」
「うん……」
 おまえら帰れ! 帰って寝ろ!
 絶叫してやりたかったですよ。
「○○さん、どんな具合ですか?」
「昨夜からお腹が痛くて、熱はないようなんですけど、ちょっとお腹のあたりがこう、こ
のあたりが痛いんですよ」
「そうですか。中の診察室でお待ちください」
 帰れバカ。そんだけしゃべれれば十分だよ。
 わたしは5時間待たされました。
 愚か者どもを横目に、10秒ごとに体勢を変え。そうしないと身体のやり場がないのです。
自然にうめき声が出るので、隣の人が「大丈夫ですか?」と訊いてきましたよ。
 大丈夫じゃねぇからここにいるんだよ。待ってる間に熱が上がったじゃないか!
 いいんですけど。
 診察は2分くらいですよ。
 インフルエンザだって。
 でも翌日出勤し、職場を全滅させた原因はわたしがつくりました。
 インフルエンザにかかったら、三日間は休んでいいのだそうです。
 知るかボケ。

 そして、春になったら謎のめまいに襲われ、いままた同じような状況ですよ。
 ひどい話ですよ。
 このまま世界が終わってくれればよいのですよ。
 あと十数分後にはわたしは値腐ってしまうはずですが、そのまま目が覚めないことを心
底祈ります。
 悲しみだらけの人生に、さようなら。
 みなさんは幸多き人生を夢見て絶望してください。
 世界は結局悲しみに満ちています。
 はやく気づきましょう。

 次回は、気が向いたら
「病気自慢パート2 インフルエンザとめまいの間に病院行ってたよね? どこに行って
たんだっけ? 冬の朝、雪を踏みしめる男の足下には影がまとわりつく。地下鉄菊水駅出
口の惨劇! 北の都会に悲しい人間関係があった!」スペシャルをお



(2004-03-29)



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