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リッケンバッカー

 
 つかみどころがない?
 ジャンル不明?
 破滅的歌詞と、創造的旋律。
 1998年の結成以来、確かにCONIFERは「知る人ぞ知る」、いわば「カルトな」バンドだ
った。それはいまでも変わらないかもしれない。決して売れようとしない。そして、積極
的に売ろうとしていない。だから、やはりCONIFERは「カルトな」バンドだと思う。事実
上のリーダーである森澤淳もまた、業界やオーディエンスら不特定多数からのそういった
評価に対しては、自嘲気味にいう。
「僕ら、売れてないですからね」
 僕がはじめてCONIFERの音楽に出会ったのは、彼らがファーストアルバムからシングル
カットされた「月の森」のPRのため、とあるFM番組に出演したときだった。車の中でFM
を聴いていた僕は、そのまま車ごとCONIFERの醸し出す不可解な音楽世界に飛び込んでし
まったのだ。それはちょっとショッキングな体験だった。
 失礼を承知で書けば、彼らが「苦手」だというラジオ出演をしたにもかかわらず、ファ
ーストシングルは売れなかった。「宣伝費を削って、CDを出しちゃったんですよ」と後に
森澤は笑っていたが、それ以上、彼らには「売れよう」とする態度がなかった。これは良
くも悪くも彼らのスタイルなのだと思う。
 ファーストアルバム、オリコン初登場百十七位。
 これがCONIFERのスタートだった。
 以後、6年が経過。CONIFERは5枚のアルバムをリリースする。シングルのリリースは、
6年間でわずか7枚。いわゆるJ-POPアーティストとしては、異例とも言えるシングルの
少なさが目にとまるが、そこからは、彼らがシングルではなく、アルバムに力を注ぎ、十
数曲をそれぞれのコンセプトに基づいて収集しているのだということがわかる。そのこと
もかつて、ラジオ番組に出演した森澤は語っていた。
 「シングルもいいですよね。2、3曲でまとめて、そつなくね、自分たちの世界を小出し
にするっていうのも、一つの手なのかな、と思います。でも、僕らはそれができないんで
すよ。よく言うじゃないですか、短編小説を書けるようになれば作家として一人前だって。
僕らは短編が苦手なのかなぁと、つくづく思います。(初出:「M-LOOK UP!」1999年第32
号のインタビューより)

 CONIFERを一言で表すことは難しいかもしれない。が、あえて強引なジャンル分けをす
るとなれば、「叙情ロック」的な部分を否定するわけにはいかないだろう。CONIFERの音を
語るとしたら、まずは積森未佳のギターを挙げなければならない。
彼女の鋭い金属的な音作りは、たとえばアルバム「オフリミット」のオープニングナン
バー「重水素」では、ひどく攻撃的で音をえぐり出すようなプレイを聴かせている。と思
えば、アルバム「夏の扉」でひときわメロディアスな「ガラスのトラス」では、なめらか
で、夜、ふと気づいたら降り始めていた雨のようなアルペジオを聴かせてくれる。POPで
いて、ときに攻撃的。それは、CONIFERのコンセプトを如実に体現しているようにも思え
る。少女のような面差しとヴォーカルからはなかなか想像がつかないが、ライヴで常に前
面に出、リードしていく彼女の姿は、「売れなくてもいい、けれど聴いて欲しい」という二
律背反した論理を、もだえるように訴えるCONIFERそのものなのかもしれない。
 また、CONIFERは非常にPOPな一面も兼ね備えている。それは実質的リーダーの森澤淳
が、POPなサウンドをどうしても織り込んでしまうからだ。森澤淳はYMOを高校生時代に
知り、かなり時代遅れのテクノポップ世代になった。多感な時期の音楽体験にYMOが大き
く影響している森澤の音楽が、ある程度POPな方へ向かっていくのは、当然の帰結かもし
れない。森澤がヴォーカルを当てる曲はなべて、聞きやすく耳になじみ、また映像的であ
る。アルバム「夏の扉」の「南の終着」は森澤の手によるものだが、夕暮れの帰り道を想
起させるような穏やかな旋律は、森澤の音楽体験と深く関連しているに違いない。
 プログレッシブロックを聴き、またクラシカルミュージックにも造詣が深いのは、ピア
ノの名手である碓氷俊之その人だ。小学校入学前からピアノを習い、CONIFER結成前まで
はひたすらモーリス・ラヴェルを「聴きまくって弾きまくっていた」という碓氷は、音楽
系大学の受験に失敗し、まったく畑違いの大学に入学したところ、森澤と出会いCONIFER
を結成した。いわば挫折の末生まれたバンドが碓氷の音楽を自由にした。碓氷のピアノは、
アルバム「架空線」のラストナンバー「コロモガエノヒ」で披露される、技術に酔いしれ
ない程度の技巧に見られるように、しっかりと聴かせるプレイが特徴になっている。クラ
シカルミュージックという枠から解き放たれた、自由でスリリングな転調に、「CONIFERの
碓氷俊之」の姿が見えかくれしている。
 三者三様。
 一見、3人の音楽性はバラバラで統一性がない。
 アグレッシヴなギターを得意とする、「ロック少女」の積森。
 テクノポップをたっぷりと吸収し、坂本龍一にも傾倒したフュージョン系の森澤。
 クラシカルミュージックから挫折し、ややナルシスティックだが、「すべてを表現でき
る」ピアノという楽器から世界を紡ぎ出す碓氷。
 こうして書いてもまるで統一性がない3人だが、大学で知り合い意気投合したというエ
ピソードからも、加色混合の三色が混じり合い、真っ白な光になるように、3人の音楽性
が重なる部分には無限の可能性が秘められていたに違いない。
 6枚目のアルバムになる「マテリアル」では、彼らの音楽が再び混ざり合い、いくつも
の結晶がきらめいている。
「また、売れないんでしょうけど」
 ラジオは苦手だと公言してはばからなかった森澤がパーソナリティをつとめるラジオ番
組もとうとう3年目。その番組内で森澤は自嘲した。
「でもね、バカみたいに売れて、テレビに出まくって、どこへ行っても僕らのことが知ら
れている、そんな世界は、ちょっと居心地が悪いような気がする。今のままで僕らはいい
と思っています」
 本音なのか、照れ隠しなのか。
 5枚目のアルバムでは、はじめてオリコンチャートで初登場45位と、50位以内に入る健
闘を見せた。売れることがいいこととは限らない。それでも、「売れればいろんな人に聴い
てもらえる(積森)」。
 少々寂しく、少々楽しく、少々悲しい、そんな音楽を目標とするCONIFERは、確かにフ
ァンを増やしているのだと思う。
 僕も、そのひとりだけれど。

 なんともまとまりのない文章を書いてしまった。
 ダメです。
 僕はこういう文章は苦手です。
 もっともっと修行をしないと、ダメですね。気取りすぎ。

 よけいなことはしゃべりません。
 がっかりですよ。
 夕飯を食ってしまいましたよ。
 ええと、K(「点灯」のKとは関係ありません)と鍋を囲んでしまいました。残念です。
 残念ながらとてもうまかったのですよ。
 ああ、なんとも自分の意志の弱さに泣きたくなる。
 困ったものですよ。
 しかしおいしかったのですよ。

 書くことがなくなってしまったので、実はそれでCONIFERのことなんぞを書いてしまっ
たのですよ。
 これ読んで信じる人がどれだけいるのか。
 誰が信じるかボケ!

 というわけで、明日は何を書くか考えています。
「病気自慢」面白かったですか?
 では、次回は「ぶった切りの謎 その快感と弊害 風呂場で出血して沁みたよ 痛い痛
い痛い痛い」をお送りしまょう。



(2004-04-01)



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