ヘルベルト・ヴェンネマンがザワークラウトを食べ過ぎて喉が渇いたとわめき散らす中、
ウルリッヒ・ノルデンはビールをもう三本も空けていた。
「あきらめるしかないようだな」
ウルリッヒはICEのチケットを財布の中にしまい込んだ。
「黙れ。黙ってくれ」
ヘルベルトが頭を抱えて叫ぶ。
「俺は喉が渇いているんだ! もう耐えられるはずもないだろう!」
ウルリッヒは絶叫し続けるヘルベルトを、冷ややかな目で眺めていた。理性を持たない
人間はこれだから困る。
「水を飲め」
「俺は硬水を飲めないんだ!」
とうとう床に転がったヘルベルトを、もはや無視するしかないとウルリッヒは決意した。
そんなとき、内ポケットに入れていた携帯電話が鳴る。
「誰だ! 誰から電話だ、ウルリッヒ!」
「おまえの知ったことじゃない。そのままのたうち回っているがいいさ」
「そんなバカな!」
頭を抱え、床を転げ回るヘルベルトは、血走った目でウルリッヒを見上げていた。
「誰から電話なんだ、教えてくれ……」
見上げるヘルベルトのこめかみを伝って、汗が一筋流れ、そのまま床に散った。
「リヒト」
ヘルベルトを見下ろして、一言、ウルリッヒ。
「リヒト? ひ、光がどうしたと……?」
「おまえにはわかっていないのさ。リヒトはいまでも、わたしとともにある。君とではな
く、わたしとともにあるのだ」
ウルリッヒは鳴り続ける携帯電話の通話ボタンを押す。フィンランド製の携帯電話機だ
が、タフでよい。
「リ、リヒト……、いま、どこにいるんだ……?」
絞り出すようにヘルベルトがつぶやく。
「わたしだ、ノルデンだ。……リヒトか」
「ウルリッヒ、教えてくれ。リヒトは、いま、どこにいるんだ」
「……ああ、気にしなくていい。ここにはわたししかいないよ」
「バカな! ウルリッヒ、代わってくれ、頼む、俺に代わってくれ」
ウルリッヒにはまったく聞こえていなかった。そう、ザワークラウトを食べ過ぎた愚か
者の言葉など、彼の耳には届かないのだ。
「そうだ、ブレーメルハーフェンだ。キールじゃない、ブレーメルハーフェンだ」
「ウルリッヒ!」
「リヒト、わたしは、まだここにいる」
「……」
「ウェイポイントを過ぎたら、わたしに連絡をしてくれ。では」
通話を終了させると、ウルリッヒは携帯電話を床に放った。
「ウルリッヒ……」
「ヘルベルト、喉の渇きはどうだ?」
「……リヒトは、まだ、いるのか?」
「喉はどうだ?」
「教えてくれ! リヒトは、今どこに!」
「ビールをやろう。これで喉の渇きを癒すといい」
びっしりと水滴をまとったビール瓶を、ヘルベルトに差しだした。
「ああ……」
「グラスはいるか?」
ヘルベルトは答えず、おぼつかない手つきで栓を抜き、そのまま瓶をあおる。
「飲み過ぎには注意だ、ヘルベルト。それはわたしたちの国のビールではないよ」
今はヘルベルトがウルリッヒを忘れた。
ある秋の日のできごとだった。
【licht……ドイツ語で「光」の意味】
そんな話はどうでもよくなり、実のところアイスを食べ過ぎるほど食べたのはわたしで
す。しかしそれは現在のことではありません。過去の話です。しかしながら、高級なアイ
スはやはりうまいが高い。高価なのですよ。高価過ぎるものはいけません。困ったことで
すよ。
アフターバーナーはイギリスではリヒートといいます。本当か? イギリス人に確かめ
たことはありません。なので確証はありません。技術用語としては「オーグメンタ」とも
呼ばれるそうですが、航空自衛隊では「アフターバーナー」で通じます。
F100-IHI-220Eの場合、アフターバーナーは五段に分かれます。機体側から「ローカル」
「コア・インナー」「コア・アウター」「ファン・インナー」「ファン・アウター」と呼ばれ、段
階的に点火されます。「ローカル」が火種だと思っても差し支えないようですが、わたしは
エンジン屋ではないのでわかりません。
アフターバーナーを点火し、F-15でいうなら五列並んだアフターバーナーセクションす
べてが作動しているとき、長く伸火の中に、リングのようなものが見えることがあります。
ショックコーンでしたっけ? あれは衝撃波が見えているんだそうです。怖いですね。
1991年4月13日午後4時35分。
東京タワー上空300メートルで、1メガトンの破壊力を持つ核兵器が炸裂、一瞬にして
直径数百メートルの火球が出現する。炸裂から一秒以内に、爆心地付近のすべてが蒸発す
る。
第三次世界大戦は、わずか一週間で終結した。
というのが「青いオレンジ」の裏設定なんですが、どうでもよいですね。今となっては。
「アキラ」ですもん。「アキラ」。
あのころは、いまよりもずっと「終末思想」がはびこっていて、鶴見済じゃないけれど、
「世界が終わる予感」があったような気がしますね。
だからこそ、「すべてが滅びて、また一から始まる」ような物語がもてはやされていたん
だと思うんですね。
ありえない。
世界は終わらないのですよ。
世界はこのまま、60億の小宇宙を抱え込み、悲しみに充たされたまま、永遠に続いてく
のですよ。ありえません。
困ったことですよ。
ふと考えたことはありませんか?
有史以来、人類の延べ人口がいくらだったのかを。
ちょっと気になったのでインターネットで調べてしまいました。
10000000000000000000人くらいらしいですよ。
いや、ただ「20桁程度」と書いてあったのでそのまま書いてしまったのですが。
一兆人どころではなかったのですね。
ふうんむ。
さらに疑問が!
一年間における人類の延べ人口はどれくらいになるのでしょうね。
現在の地球人口は60億人くらいでしたっけ?
増えましたねぇ。
計算方法でもあるんでしょうか。
わたしにはまったく想像もつきません。
というわけで、猛烈にだるくてたまりません。
世界はこのまま続いていくのですよ。
終わりは来ないのですよ。
ただ、人類という種の寿命を考えるとどうなのでしょうね。
種にも寿命がある、とする考え方があるのです。
人類発祥から、5万年くらいですか。
アウストラロピテクスが300万年でしたっけ。
地球は46億年前に誕生したらしいですよ。
地球最後の日まで人類が生存しているのかというと、それはありえないような気がしま
す。
種は常に変化し続けます。
進化と呼ばれる形で、遺伝子が変化し続けるからですね。
もっとも、退化と呼ばれる場合もありますが、人類は他の動物のような機能、たとえば
跳躍力や聴力、嗅覚、そういった機能を失うかわり、脳が肥大化しているのですよ。
まあ、「ムー」系の話が好きな人は、たったの数百万年で、サルが人類になるのはおかし
いと色々いっちょりますが、ありえるんではないですかね。
人類の脳が極端に進化した理由として、直立歩行が挙げられるそうで。
ようするに、両腕が自由になったので、手先が器用になっていって、それら指先から受
ける各種の刺激が、脳の活性化につながったという。
しかし、両手ならチンパンジーやオランウータン、ネコやクマまで使いますねぇ。
が、指がここまで器用に動く動物は人類だけですね。
そして、眼球の動きも挙げられます。
考えたことはありませんか?
では、近所のネコや犬の目をじっと見てやりましょう。
気の弱い犬は、すーっとあなたの視線をはずします。
が、あなたは気づくはずです。
「犬って白目がない……」
そうなのです。
人間の「目」は、他の動物とくらべて白目が見えるんです。
ネコや犬、馬やブタの目を見たことがありますか?
白目の領域が狭いのです。
ようするに、人間の目は動作範囲が広いのですよ。
こういうことも他の動物と違う点ですよねぇ。
また、人間の両目が正面を向いて配置されていることにも注目しましょう。
草食動物など、いわゆる食物連鎖で仮想に位置する動物たちの多くは、頭部側面に眼球
が配置されているのです。視野を広く取るためです。これに対し、ネコや犬、猛禽類など
の捕食動物は、目が正面についています。これは、視野は多少狭くなりますが、対象物と
の距離感を正確に測ることのできる配置と呼ばれています。より立体的に対象を補足でき
るわけですね。
人間の目も同じですね。正面を向いています。サルもそうなのですが。
人間はもともと捕食系の動物だったのですね。きっと。
こわいことです。
そんなことはどうでもよいのです。
おなか減りました。
(2004-04-08)