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エアスタート

 
 ようするに、無謀でした。
 とにかく無謀でした。
 しかし、まあ叙情的に書くならば、「陽射しに誘われて」つい、ということなのだけれど、
本当は苫小牧のどこかで太平洋を眺めて、それで帰ろうと思っていたのでした。
 それ以上はなにも望まない。
 まあ、気が向いたら、去年開通した(あれ、今年だっけ)日高自動車道を厚真まで走ろ
うかなとも思っていたのだけれど、ええ、気がついたら室蘭にいたのですよ。午後五時間
近で。無謀。ああ、測量山に傾いた太陽が映え、室蘭の町は穏やかにくれようとしていま
した。

 そもそも、出発が遅かった。これはいつものことだけれど。
 お昼過ぎになってわたしは出発したのです。
 最初は苫小牧なども行くつもりがなかったのです。
 ところが!
 走り出したら忘れてしまいました。
 創成川沿いを左に行けば小樽。
 創成川沿いを右に行けば、苫小牧、千歳方面。
 ええ、右に曲がってしまいましたよ。
 最初は小樽へ行こうと思っていたのです。
 オタモイのほうにでも行って、軽く日本海の夕日を拝んだら帰ろうと。
 が、わたしの中で悪魔が、いや、天使がささやいたのです。
「小樽? そんな近所でいいのかい? いつだって行けるじゃないか。まだ日は高いよ。
せめて苫小牧の海を見ようや」
 ああ、なんと甘いささやき。
 左手の親指が、ターンスイッチを右折方向に入れていましたよ。

 エンジンが適度に温まっているはずなのに、空はこんなにも晴れわたっているのに、寒
い寒い寒い。下に一枚追加して履いたのは成功でした。ええ。それほど寒くありません。
 が、わたしはまだ四月の空を空気を、甘く見ていたのです。
 札幌の街を抜けるのは楽でした。創成川沿いから豊平川沿いへ、そのまま西岡を通過し
て、ある友人の家を訪ねようと思ったものの彼の車がなかったので、「苫小牧に行きましょ
う」とメールを打ってそのままわたしは羊ケ丘通りを目指しました。
 友人からは返事がなく、そのときですでに一時を過ぎていたのです。
 苫小牧へ行って帰ってくるだけなら楽勝の時間帯です。
 福住の直線でネズミ捕りやってるなぁなんて横目に、すでにわたしは寒くなっていまし
た。飛ばしたら寒いのです。とにかく。
 のんびり行こう。
 羊ケ丘通りは適度な車の量。雪もまだところどころに山を作っている中、もうすでに四
月初旬、東京は桜も散ったのですよ!
 寒かった。
 北広島を抜けた頃には、もう相当寒かったのです。
 そのまま国道36号線を南へ。
 快適です。
 エンジン音が心地よい。
 バイクはいいなー、だけど仲間が一人もいないな〜。今日は土曜日なんだけど。
 なんて思いながら走っておりました。
 お仲間がようやく一人。
 なぜかバックミラーの中に見えましたよ。
 エストレヤですかね。ピンク色のバックパックを背負った、髪の長い女の子ですね。た
ぶん。女の子だと思います。全然飛ばさないんだもの。
 わたしゃ適度にすり抜けつつ、それでも寒いから適度な速度で走っておりました。
 で、こちらがペースを落としすぎたのか、左車線をエストレヤちゃんがすーっと走って
いきましたよ。
 何となくついていきました。
 でも、どうにもリズムが合わんのです。
 なので、千歳くらいまでなんとなくくっついて走りつつ、寒いな〜寒いなーと呪文のよ
うにメットの中で呟き、まるで空中に止まっているような747が見えたころ、わたしはも
うすでに後悔していましたよ。
(バイクで来るんじゃなかった。寒すぎる! でも楽しいんだよなぁ。俺ってバカだな)
 いや、本当、寒いのです。
 下半身は二枚重ねが効いているのかさほど寒くないのです。
 上!
 上!
 レプリカのフライトジャケットもゼーンゼン効きませんよ。逆に風が入り込んで寒い!
 上も一枚重ねてくるべきだった。
 アフターザフェスティバルですよ。
 残念です。

 苫小牧に入ったころ、わたしは適度な場所で引き返し、海を見て帰るつもりでした。え
え、太平洋は凪いでいて、気持ちのいい青です。すばらしい天気。ただし風が強い。
 苫小牧の町はいつ来てもわけがわかりません。いったいどこが中心街なんですか?
 あまりの寒さに、わたしはコンビニエンスストアを探していました。
 もう頭の中はそれだけ。
 コンビニで立ち読みしながら暖まり、温かいお茶を飲んでいる自分しか見えません。
 が!
 左車線側にコンビニが1軒もないのです。
 ああ。
 気づいたら、もうどう考えても「ここはもう苫小牧の街を過ぎたよー」状態。
 がーん。
 とにかく、たまたま見つけた変てこなリサイクルショップに入り、ガンダムを5分くら
い見てから出発しましたよ。
 西岡の友人からメールの返事がきていましたが、彼はすっかり惰弱です。
「車屋とタイヤ屋を回る」
 ふーん。
 いいです。
 帰りに襲撃してやる。
 白老に入りました。
 寒さがかなり厳しくなってきました。
 もしかすると体感温度は真冬の旭川かも。
 五分にいちどはメットの中で、
「寒い、寒い、寒いー」
 と絶叫ですよ。
 ええ。
 じゃーなんで苫小牧で引き返さなかったんだ!
 また天使がささやいたのですよ。
「苫小牧市街地も過ぎたし、せっかくだから室蘭まで行っちゃえば?」
 ああなんとおそろしい言葉。
 わたしは囁きに負けました。
「体温と温もりにささやきをくわえて、媚薬は完璧になった。僕は負けた」
 とは、とあるマンガのセリフですが。当てたら褒めてあげます。それの4巻です。
 ゲヘへへへへへ。
 伸子ちゃんて、胸、意外と大きいんだよなぁ。
 死ね!!
 いや、僕はあの4巻好きですよ。
 あんなめでたく美味しいイベントなどありませんよ。
「待ち合わせかー、あこがれていた云々」
 ふざけるな!
 わたしもま〜、学生のときに待ち合わせはよくやっていましたよ。
 携帯電話もポケットベルもない時代ですよ。
 待ち合わせ場所に友人がこない。
 昨夜電話で話したろ!
「明日の十時に、札幌駅の東コンコースね」
 こねー。
 なんだこれは。
 電話をすると、
「んぁー、寝てた。いまから行く」
 困ったもんです。
 すみません、わたしもやりました。
 懐かしい日々です。
 泣きそうになりますね。
 こんな話をしているとまた発狂するので危険です。
 ええ。
 残念ながら女の子と待ち合わせをしたことはとありません。
 あー、一回だけあるか。
 1998年だったっけ。一回だけあるなー。
 あのときは、何しにいったんだっけ。
 映画見たんだ映画。
 すみません、一対一じゃないです。
 あーあーかわいい子だったのに。
 いいんです。
 そして、追憶の日々をときどき脳裏に浮かべつつ、登別を通過しました。
「おー、ニクスニクス。ナポレオンフィッシュ。レーザー光線」
 むかつく思い出だけがあの建物の中に入っています。
 忘れることにしましょう。
 そして、いよいよ登別室蘭インターを過ぎ、遠くに室蘭の市街地が見えてきましたよ。
 もう引き返すわけにも行きません。
 だいたいわたしはバカなんですよ。
 室蘭は目的地じゃないんですよ。
 目的地は、札幌なんですよ!
 札幌!
 札幌へ帰るぞ! 俺たちは帰るぞ!
 行ったら帰らなければならないんで。
 で、室蘭です。ついてしまいました。

 あいかわらず斜陽の街です。
 鉄くさいです。
 よく考えたら、バイクで室蘭にきたのははじめてです。
 ところが何の感慨もありません。
 そりゃそうだ。寒くてかなわんですよ。
 もともと夏でも寒いくらいの室蘭。
 寒いの決まってる!
 測量山も地球岬も白鳥大橋もどうでもよくなっていました。
 寒いので、中央町の長崎屋に寄り、煙草を一本喫って出ました。
 そのあとポスフールで金を下ろして、給油して、いよいよ第二章が始まるのです。
 地獄のツーリング。
 実はこの旅。
 帰りのほうがつらかったのです。
 当たり前です。
 登別を過ぎたあたりで、日が暮れました。
 ギャー!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 寒い!
 ギャー!
 震えるというレベルを遥かに凌駕し、ようやくたどりついた苫小牧のサンクスで、わた
しの両手は紫色になってしました。
 ピノコ、チアノーゼを起こしているぞ!
 アッチョンブリケ。
 ああ、サンクスありがとう。暖かかったよ。
 そして、苫小牧の町はあいかわらずわけがわかりません。
 苫小牧、室蘭。
 両方ともわたしはほとんど馴染みがありません。
 生い立ちも知りません。
 ようするに謎の街。
 謎のまま日が暮れ、地獄のツーリングは午後七時。
 千歳の闇を抜け、新千歳空港を過ぎたあたりでようやくほっとしましたよ。
 知った景色。
 これだけでもずいぶん違いますよ。
 恵庭を過ぎて北広島に入った頃には、だいぶん楽になりましたよ。
 知った風景。
 羊ケ丘通りから福住へ。
 西岡に着いたら彼がいました。例の友人が。
 狙ってましたよ。
 暖まらせてください。
 寒くてシニソウです。

 で、その後二時間ほど暖を取って、帰りの豊平川沿いで見かけたロータスエリーゼ。
 速かったです。

 終わり。


(2004-04-10)



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