微妙なあくびが出て、プロサルファーのTNKは笑っていました。煙草を喫うためです。
煙草を喫うためには火が必要なのですが、人類がその灯火を見つけたとき、すでにジャッ
クの腹は決まっていました。
飲むしかない、と。
そのころゲーリーはお腹がすいていました。
ヘンリーじいさんの焼いたパンを食いたいと思ったところが、ジェーンおばさんのパイ
も悪くないとゲーリーは、アプリリアのエンジンに火を入れてみました。
イタリア製!
しかしスパークプラグは日本製です。
TNKが煙草に火をつけようとしたころ、楊朝明は街の酒家でチンタオビールをあおっ
ていました。そうです。欲しかった本を買うことができたからです。が、彼はまもなく酔
い、そのまま店に本を忘れてしまうことでしょう。それは運命なのです。
ジェーンおばさんのパイは上手に焼けました。
すると赤いリボンをつけた女の子が現れたのです。13歳くらいの女の子です。黒いワン
ピースを着ていて、ショートボブにした髪と、茶色の瞳が印象的です。右手にはほうきを
持っていました。
「やあ、君もパイを食べにきたのかい?」
ゲーリーは両切りジタンの葉をテーブルでとんとんと詰めながら、女の子に言いました。
「いいえ。私はパイを届けるの。おばさん、こんばんは」
「こんばんは」
赤いリボンをつけた女の子は、大事そうにパイ皿を包み込むジェーンおばさんから荷物
を受け取ると、そのまま店を出ていきました。
ゲーリーは何となく気になって、ズィッポーで火を点けたジタンをくわえて、カウベル
の音も軽やかに鳴るドアを開き、女の子のあとを追いました。
ジェーンおばさんの店は大通りに面しています。大通とはいっても、西へしばらく自転
車を走らせなければダウンタウンには出ません。少し町外れにお店は建っているからです。
しかし、鍛冶屋のロビンが言うほどに、寂しい場所ではありません。
女の子はどうやら大通を滑走路にしているようです。ほうきはウォークダウンで滑走路
を掃き清めるために使っているようでした。
「ウィッチ13、チェックイン。リクエスト・クリアード・フォー・テイクオフ」
女の子は高らかに、歌うように言うと、トーブレーキを解除して、いきなりアフターバ
ーナーに点火してしまいました。
「やるな」
女の子はこの街では有名な宅配便屋さんだったのです。ゲーリーはうっかりしていまし
た。直線が300メートルある場所ならどこへでもお届けするというお店を、女の子は一人
で切り盛りしているのです。
「フレッドマイヤーさん、パイが焼けたわよ」
ゲーリーは呼ぶ声に振り返ります。
パイがいい香りで焼きあがったところでした。
ジェット・ブラストがまだのこる大通に、ゲーリーはそっとジタンを喫うと、店の前に置
いてある灰皿で消しました。
そのころ楊朝明はチンタオビールを飲みすぎていました。
「栗原を呼んでくれ。ああ、フォードRS200だ」
楊は流暢な日本語をしゃべっていました。
「俺だ、ヤンだ。栗原はいないのか?」
どうも携帯電話をいじっているようです。しかし、楊は知りませんでした。この酒家が、
強固なコンクリート作りであることを。電波をまったく通さない、強力なコンクリートで
防護された店であることを。
「俺は、いったい誰に向かってしゃべっていたんだ」
栗原とは誰か?
プリンセス?
いいえ違います。
フォードRS200に乗っているハゲたおじさんです。
しかし、楊は女の子の栗原さんも知っていました。
「ああ、テレビで見た。やるじゃないか」
バレーボールのことを言っているようです。
たいしたもんですね。
鍛冶屋のロビンが笑っていましたよ。
明日は正直者のケネスの話をしましょう。
(2004-05-13)