管制塔を横目にして、そのまま格納庫を過ぎ、エプロンまで走った。走りきれたじゃな
いか。イライは自分をほんの少し褒めてやると、霧のような雨が立ちこめる空を仰ぐ。爆
音が近い。遮蔽物の少ない基地周辺は、音が反響しない。爆音が聞こえる方角を向くと、
同じようにしてエプロンに駆けだしてきたパイロットや整備員たちの姿が見える。ハスミ
の姿を見つけ、イライは駆け寄った。呼吸を整えながら。
「よお」
イライを見、ハスミはかすかに震えた声を出した。今まで宿舎で眠っていたような目を
している。ジャケットを羽織っているが、下は平服だった。髪は乱れている。
「見物か」
ハスミはのんびりとした口調だった。敵襲ではないようだ。やはり。
イライは返事をせず、近づく爆音に耳を澄ます。
やがて、飛行機と思しき黒い点が雲底を割ってあわられる。四つ。二つはわかる。ノス
リだ。前翼、プッシャータイプの特長ある機体だ。大排気量のレシプロエンジンの爆音を
とどろかせ、滑走路に近づいている。降着輪は下ろしていないようだ。意外に速い。そし
て、二機のノスリが挟み込むようにしているのが、雷鳴に似た爆音の正体だ。
「……あれが?」
イライはハスミに言う。
「新型、だな」
機体はノスリより一回りほど大きく見える。近づくにつれ、その形状が輪郭をともなっ
てくる。前翼式ではない。が、機首にプロペラがない。左右の主翼に何かを下げている。
燃料タンクにしては巨大すぎる。もしかして、エンジンか。見る間に機影が大きくなる。
四機は水平飛行、低空を維持したままで滑走路上空をパスする。ノスリのエンジン音と、
それを上回る甲高い爆音が轟く。エプロンに駆けつけたパイロットや整備員たちから歓声
のようなどよめきが上がったが、かき消された。パスする瞬間、四機の横顔が見えた。二
機のノスリは、チナミとセムラのようだ。垂直尾翼に機番が見えた。やや遅れて飛ぶ二機
の新型は、ノスリと同じ青みがかったグレーの制空迷彩が施されていた。機首にも機尾に
もプロペラがない。水平尾翼が主翼より後ろにある、いわゆるトラクタータイプにある配
置で、主翼はやや後退していた。キャノピーは水滴型で、視界はよさそうだ。パイロット
の姿が一瞬見えたが、酸素マスクにゴーグルをつけていて、表情など見えない。一瞬でエ
プロン前をパスした四機は、滑走路エンドで緩やかに左旋回に入る。
「重そうだな」
旋回する様子を見たハスミが、イライの耳もとで言った。
「エルロンが重そうだ」
イライは答えない。
二機の新型は、先行する二機のノスリから編隊を解いた。チナミとセムラのノスリはや
や高度を上げた。イライはチナミとセムラがなぜ今日飛んだのか、理解した。エスコート
ミッションだったわけだ。または、新型の出迎えか。チナミには悪いが、まるで露払いだ。
新型は轟音のピッチを変えず、ゆっくりと旋回し、エプロン正面の森の上空にさしかかる。
天候が悪い。さぞかしパイロットは緊張していることだろう。確かにハスミのいうとおり、
新型機はノスリのような軽快さがなかった。チナミとセムラは基地上空を旋回、新型機は
ふたたびイライたち出迎えの左手から、滑走路に進入してくる。ずいぶんとアプローチの
速度が高いようだ。主翼上面にスポイラーを立て、降着輪はすでに降りている。降着灯を
点灯させ、二機はぴったりと寄り添って降りてくる。降下率は、慎重過ぎるほどに低い。
まるで練習機の着陸のようだ。が、甲高いエンジン音は低くなる気配がない。スポイラー
で強引に速度を落としているように見えた。そして、タッチ・ダウン。機体そのものも重
いのか、なかなか減速しない。着陸時の速度そのままに、対地降下による水煙を上げて、
二機の新型はエプロン前の滑走路を過ぎる。ようやく耳障りだったエンジン音が低くなる。
その上空を、チナミとセムラの二機のノスリが高速でパス。爆音が鼓膜を震わせる。が、
誰も二機のノスリを見ていなかった。エプロンに集合した基地の面々は、みな、着陸した
二機の新型に目を奪われていた。機首には機銃が装備されているようだ。穿たれた銃口の
大きさはよくわからないが、十二、七ミリ以下ということはなさそうだ。片側に二つずつ。
二機はスポイラーを立てたまま、しばらく滑走路を減速し続け、かなりの距離を走ったあ
とで向きを変え、誘導路に進入した。降着灯が雨の誘導路を照らしていた。
「噂どおりだったじゃないか」
ハスミが言った。
「でも、二機か」
「パイロット付きじゃないか」
「二機でどうする。たったの二機で」
「乗りたいのか」
「お前こそ」
「重そうだな。一緒に飛んだチナミに感想を聞いてみよう」
誘導路をゆっくりと、待っているこちら側からすればいらだつほどにゆっくりと、二機
の新型は進んでくる。先頭が編隊長か。随伴しているのはウィングマン。しかし、新型を
与えられているのだ。腕はどうか。アイズやセムラ以下ということないだろうな。
護衛任務が終了した二機のノスリも、新型機がエプロンに到着しようかというころには
着陸し、新型よりもはるかに手前で減速、誘導路に入った。
「見ろよ。レンダとキリウだ」
ハスミが指した。エプロンの最前列に、列線整備員たちと並んで、レンダとキリウの背
中が見えた。今日も制服だ。傘もささず、制服の肩はすでに雨に色を変えていた。風邪を
引くなよ、純粋培養。
新型機が近づく。それにしてもやかましい。旋盤工場のようなこの耳障りな高周波はど
うにかならないものか。そして、主翼に下げているものがうわさのジェットエンジンであ
ることがはっきりと確認できた。仰々しいエンジンナセル以外は、機体はスマートで、優
美さすら漂っていた。本当にこれが戦闘機か。イライは、普段乗っているノスリの方がよ
ほど獰猛に見える。それを示すかのように、チナミたちの二機のノスリがエプロンへ。プ
ロペラはまだ勢いよく回っており、水煙を巻き上げている。
やがて、二機の新型は停止した。地上の整備員は、イライの知らない顔だった。ホガリ
の姿も見つけたが、彼も新型に駆け寄ろうとはしていない。もしかすると、整備員も新型
なのかもしれない。いつの間に届いたんだ。そういえば、エプロン脇には見慣れない自動
車が何台か並んでいた。給油車と、あの箱を背負った車はなんだ。コヤチダ本線経由でい
つの間にか運ばれていたのか。飛来が極秘なら、運用に必要な物資郵送も極秘の内に行な
われたかもしれない。イライはもう、この場から離れたくなっていた。何より寒い。新型
機からはストーブが燃えるような匂いがした。途端に赤くストーブが燃えるPXを思いだし、
チョコレートが欲しくなった。今日はまだ飛んでいないのに。
新型機のキャノピーが開いた。おそらくは編隊長。見晴らしのよさそうなキャノピーは
アクリル製だろうか。一体成型技術も進んだものだ。パイロットはハーネス類を手早くは
ずすと、マスクをはずし、ゴーグルを上げた。年齢、三十歳前後か。整備員が用意したボ
ーディングラダーを降りた。レンダが駆け寄り、握手を求めた。パイロットはそれに鷹揚
に応じると、笑顔を見せた。何ごとか言っているようだが、取り巻く円のさらに外周で様
子をうかがっているだけのイライやハスミの耳には届かない。そして、二番機のキャノピ
ーが上がる。同じようにしてゴーグルとマスクをはずし、ラダーを降りる。小柄だ。もし
自分と並んだのなら、頭ひとつ分くらいは背が小さいだろう。まるで少女のようだ。
思い至って、イライはふと気づく。二番機のパイロットの、邪気のない笑顔だ。ゴーグ
ルをはずすと、子供のような瞳が見える。
「まさか」
口に出してから、ハスミに聞かれてしまったことを悔いた。奇襲のはずなのに、敵機に
向かって射程外からやみ雲にぶっ放した機銃のような言葉だった。案の定、ハスミがこち
らを向いた。
「どうした」
「あのパイロット」
「二番機の方か」
「そうだ。知ってるか」
「エリートさんかな。新型機に乗れるくらいだ。俺たちのような退役間際のポンコツとは
ちがうんだろう」
「女だ」
「女?」
「ああ。女だ。あれは」
女、と聞くと目の色が変わるハスミでも、イライの声音に別の物を感じたのかもしれな
い。茶化したりはしなかった。
「女のパイロットなど、めずらしいか」
「違う。……あれは、違う」
「知り合いか」
イライは、歓待ムードが一気に高まりつつあるエプロンに背を向けた。
「イライ?」
「眠くなった。俺は宿舎へ戻る。飛行割が出たら教えてくれ」
「おい、イライ?」
「気分が悪いんだ。……今朝食ったハンバーグのせいだ」
「イライ」
言ったが、ハスミは追ってはこなかった。
あの女。
イライはやや早足にして、エプロンから出た。霧雨は上がっていたが、基地を包みこむ
霧のような水滴はまだ漂ったままだ。
このまま吹雪になって、新型機もろとも滑走路が雪にうずもれればいい。
イライはまっすぐ飛行場区画を出た。格納庫の横を通るときには、駆け足になっていた。
よりにもよって、どうしてこんなところに。
イライは喉の渇きをかんじた。
PXでコーラを買おう。チョコレートもだ。
そのまま宿舎へ戻り、呼集がかかるまで、俺はベッドの中だ。
冗談じゃない。
イライはいらだった。いらだちの原因がはっきりしているだけに、余計に腹が立った。
飛来したのは二機。唐突とも思える展開だったが、たった二機で何をしようとしている
のか、基地に勤務する者の中で真意を知っている人間はいなかった。もっとも、整備員や
パイロットたちが知らなかっただけで、レンダやキリウたち飛行隊幹部は知っていた。イ
ライが想像したとおり、二機の新型を整備する人間や機材は、前夜には、すでに基地へ到
着していた。知らされなかっただけで、事実はそこにあった。
イライは閑散としたPXでコーラとチョコレートを買った。思い出したようにオイルライ
ターのフリントと芯も買った。ライターフルードはまだ備蓄があったから買わなかった。
そして、宿舎に戻ってから、煙草の残りが心許ないことに気づく。空中戦を終え、帰路に
つく際、機銃弾は残っているのに、残存燃料がいよいよ心細いことに気づいたときのよう
に、心底がっかりした。
新型機のことなどどうでもよかった。そいつがGD-Bなる開発名を持ち、「ハチクマ」な
る愛称が付けられていることは、翌日になってからハスミに聞いた。どうでもよかった。
問題は、ハチクマが軸流圧式ターボジェットエンジンを搭載していることより、ハチクマ
に乗っているパイロットだった。リーダー機に乗っていた方ではない。あの女だ。イライ
は目を疑った。そして、自分の目が彼女を捉えて以来、焦点を定めることができず、PXで
レジ係に体調を心配されたほどに動揺していることにも気づかなかった。偶然か。だとし
たらひどい偶然もあったものだ。よもや彼女が同業者になっているとは、青天の霹靂だっ
た。いや、寝耳に水か。
宿舎が禁煙であることなど、パイロットたちはみな無視していた。イライは残り少ない
煙草に火をつけた。窓を開ける。ボイラーにまだ火が入らないこの季節、スチームのない
部屋は、窓を開けるとさらに冷えた。雨音のしない雨がまだ降っていた。基地は静かだっ
た。飛行機が飛ばなければ、このあたりは静かだった。森がすべての音を、息づかいを吸
収してしまうのだ。飛行機で五分もかからない場所に町があったが、自動車で向かえばそ
の四倍は時間がかかる。だから町の息づかいも、間に入った森に吸われてここには届かな
い。居心地のいい場所だった。そう、すでに過去形だ。
自分はもしかすると体のいい理由を、そう、「戦闘機に乗り、敵を撃墜する」というただ
の題目をでっちあげて、あまつさえ「空への憧憬」などという口当たりのいい言葉に酔い、
現実から逃げていただけなのかもしれない。唐突に舞い降りてきた、忘れようとしていた
現実が、イライをかりそめの日常から引き戻そうとしていた。あのパイロットの顔を、イ
ライはよく知っていた。酒でも飲みたいところだが、あいにくイライは酒が飲めなかった。
それに、昼間から酒を飲んだとして、自分はパイロットであり、今日は休日ではなかった。
すっかり規律のたががゆるんだここもまた、前線基地の一つであり、命令一つで自分は新
型機の登場で「旧型」となりさがったあのノスリに乗り、飛ばなければならない。アルコ
ールはいらない。
イライは窓辺に立ったまま、滑走路の方を向いていた。木立に隠れて滑走路もエプロン
も見えないが、背の高い管制塔やアンテナ、整備用の格納庫は見える。それぞれの戦闘機
を格納した掩体は森の中に散らばりカモフラージュされていてよくわからない。イライは
いてもたってもいられなくなっていた。いっそ出撃命令が出てくれた方がいい。いつ、彼
女がここを訪れるかもしれない。不安だった。
そうだ。不安だ。イライが感じているのは不安だった。それ以外の感情は、今はなかっ
た。
イライはPXで購入したコーラをあおった。あまり冷えてはいなかった。PXの冷蔵庫の
せいなのか、宿舎について自分が思う以上の時間が流れていたからかはわからない。それ
でもコーラを空にした。チョコレートはデスクの上に載せて、口を付ける気にはならなか
った。
こんなに動揺したことはなかった。まるで、ああ、彼女が生まれたときと同じくらいだ。
ハスミはもうあの新型機のパイロットの名を聞き出しているかもしれない。が、イライ
はパイロットの名をすでに知っていた。リーダーと思われるパイロットではない。随伴し
てきたあの女の名だ。
彼女はカンナリといった。カンナリ、ユウ。忘れることもできない名前だ。なぜなら、
彼女はイライの遺伝子をおそらく半分、引き継いでいるからだ。彼女はイライの娘だった。
最後に会ったのはいつだったろうか。思い出すことができるのは、ユウが中等科の制服を
着ている姿までだった。彼女とともに暮らしたのは、それよりさらに以前、ユウが初等科
に入学するかしないか、それくらいの歳までだった。イライは彼女とともに生涯を過ごす
気はなかった。彼女はどうなのかは知らないし、訊いたこともなかった。そして、彼女の
母親と最後に会ったのも、同じ頃だ。もう何年も昔の話だ。一昔以上前。ユウの母親はま
だ存命中なのか。
やはり俺はここに逃げてきたのだ。けれど、彼女は追ってきたではないか。しかも、ノ
スリより遙かに速度の稼げる新型のジェット機で。
イライは戦慄する。
俺を撃墜する気か。
敵機ならわかる。敵機は自分を撃墜するために空にあって、もちろん自分は彼ら、彼女
らを撃墜するために空に上がる。理屈などない。敵機は叩き墜とすか叩き墜とされるか、
そのどちらかの理由で存在する。けれど、ユウは、友軍の戦闘機に乗って現れた。敵では
なく、味方機として。フレンドリーだ。イライが望んでも、彼女を、彼女のハチクマを撃
墜することなどできない。
逆も同じじゃないか。イライは再び煙草に火をつける。
逆も同じだ。彼女もまた、イライを撃墜することなどできないはずだ。
イライは煙草を持つ自分の指がかすかに震えていることに気づく。おそれているのか、
俺は、彼女を。
断絶した血縁関係にあって、イライはそれを努めて忘れようと試みた。ユウがこの世に
生まれたことは、この世に彼女を誕生させてしまったことは、不幸だった。いろいろな意
味で不幸だった。イライにとっても、ユウにとっても、ユウの母親にとっても。この世界
は生きるのにはつらすぎるのだ。生きている人間の数は少なければ少ないほどいい。なの
に自分は、ユウという人間をこの世に誕生させてしまった。止めるべきだった。しかし、
あのころの自分は若かった。ユウの母親にたいして生じた衝動や、口に出すことすらはば
かられる、いわゆる愛情と呼ばれるいくつかの感情によって、自分は暴走し、その結果ユ
ウが生まれてしまった。その責任の重さに自分は耐えられず、結果、前線基地ばかりを渡
り歩く戦闘機乗りになった。ユウが生まれた頃、すでにイライはパイロットだったが、一
人前ではなかった。前線基地への異動希望を、当時の上司たちはとまどいと喜びとがない
交ぜになった表情を見せ、それでも希望は叶えられた。
イライは前線基地ばかりを渡り歩いた。結果的に、それがイライのパイロットとしての
技量を磨くことになった。空に上がるたび、イライはユウの母親のことを忘れた。忘れて
いった。そして望んだ。自分と同じように、彼女もまた、イライを忘れてくれることを。
感情的には忘れてくれたかもしれない。しかし、忘れ得ぬ存在が確かにあった。それが
ユウだった。生まれ落ちてしまったユウは、育つ。母親譲りの邪気のない表情は、今でも
イライの記憶の片隅にしっかりとピンで留められたようにして残っている。忘れることが
できなかった。努力しなければ、よみがえる。そして、今日。新型戦闘機から降り立った
ユウは、最後に会ったときと同じような、そう、彼女の母親によく似た笑顔を見せていた。
自分やハスミやチナミ、要するに「前世代組」と呼ばれるパイロットたちが真似しようと
しても真似のできない表情を、ユウは持っていた。
記憶が確かならば、いまのユウは、イライが「愛情」というまがまがしい感情に支配さ
れていた頃の、ユウの母親と同じ歳のはずだ。似ていて当然だ。エプロンで新型機の開い
たキャノピーから見せたユウの顔は、彼女の母親と生き写しだった。
イライは憂鬱になった。
基地に運び込まれた機材は多かった。たった二機で何をする気かは知らないが、彼女ら
はここに配属されたのかもしれない。幸い、この基地には空いている掩体も格納庫のスペ
ースも、そしてパイロット用の宿舎もたっぷりとあるのだ。あのハチクマが一個飛行隊移
動してきても、十分なほどに。
上層部はもしかするとそう考えているのかもしれない。
そんな考えを巡らせている内、空から爆音が響き渡り、窓辺から顔を突き出したイライ
の目には、大型の輸送機が編隊を組み、数機で滑走路に向かってアプローチしている姿が
見えた。ハチクマは本格的にここへ展開する気だ。輸送機には六機のノスリが護衛につい
ていた。この基地の所属機ではないだろう。今日イライの飛行隊から離陸したのは、チナ
ミとセムラのエスコート組の二機だけだ。近々、大きな作戦でも始まるのかもしれない。
大型の輸送機は、のっそりと高度を下げ始め、そして木立のあいだに沈んでいった。独特
のエンジン音は、ターボプロップエンジンに違いない。もしかすると、随伴していたノス
リも、あのハチクマが登場する寸前に噂に上ったターボプロップ改造型かもしれない。輸
送機も随伴するノスリも、レシプロエンジンが奏でる排気音を立てていなかった。甲高い
金属音、プロペラの羽ばたきがやたらと耳につく。
イライはひどい疎外感におそわれた。
居心地がいいはずだったこの基地が、とつぜんよそよそしく思えてきた。
今頃、三ヶ月前に失われた四機の補充機が来たというのか。しかも、新型のおまけ付き
で。
イライはどうでもよくなってきた。
出撃命令がほしかった。
敵機がほしかった。
こちらが撃ち墜とす前に、敵機が自分を撃ち墜としてくれるかもしれない。こんな気分
になったのは初めてだ。
屈辱だ。
(2005-02-28)