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弱視者の道路歩行に関する諸問題

伊 藤  勇

1 はじめに
 
視覚に障害をもつ人は,全国で,約33万人,道内で2万人おります。これらの人々が,安全にしかも確実に道路を歩行するためには, どのような配慮が必要かということについて路上の施設の面から述べてみたいと思います。
 もとより,歩く主体は障害者自身ですから歩行に必要な能力や技術の向上のための訓練が前提条件になります。例えば,盲学校やリハビリテーション施設などでは次のような訓練を行っています。すなわち, さまざまな音の識別訓練,足裏の触覚による材質の識別訓練,種々のにおいの識別訓練,そして平衝惑覚の訓練など諸感覚の機能の向上を図る訓練が行われています。更に,白杖の操作法,超音波めがね,盲導大,各種レンズの使用法など歩行のための補助具の活用に関する訓練も行っております。このような基礎的な訓練を受けてこそ,道路における安全で確実な歩行が保障されることになります。
 ところが, このような感覚能力や認知能力,補助具活用能力を最大限に発揮しても,実際の道路における歩行が十分に安全というわけにはいきません。道路の状況は複雑で,変化することが多く,盲人や弱視者は,そうした状況を予測することが困難なため事故に会うことがしばしばあります。また道路の施設は必ずしも視覚の障害を配慮して設置されているとは限りません。
 このように,視覚障害者本人の努力にもかかわらず,本人自身のカではどうにもならない問題は社会が解決しなければならないと考えます。
 本稿では,視覚障害者のうち,多少の視力がある弱視者の歩行について,道路の施設の面から考察してみたいと思います。

2 弱視者の認知と行動の特徴
 弱視者は全盲の人と違って視覚による社会生活が可能であります。 しかし,視力は,眼鏡などで矯正しても,0.1程度と低かったり, また色覚や視野に異常があるため,著しいハンディキャップがあり,新聞などの小さな字を読む時は,適切な照明や拡大鏡を必要とすることが多いのです。
 厚生省の調査(昭和55年)によりますと,視覚障害者全体の41%強が弱視者であります。また北海道でも視覚障害者全体の48%( 9700人)が弱視者といわれています。
 さて,弱視者が事物を見る場合,次のような認知の特徴が指摘されています。

(1) 認知が不正確である。
(2) 境界がはっきりしない。
(3) 認知の速度が遅い。
(4) 動く物体の認知か難しい。
(5) 色の識別が不完全か困難な場合がある。

 また, 弱視者の中には, このような一般的な特徴に加えて次のような特別な見え方をする人も多いようです。
 例えば, 屋外から室内に入ったあと目がなれるまでに普通の人の何倍もの時間がかかったり, 屋外に出た時は明るさになれるまでに時間がかかることもあります。 人によっては朝夕の太陽のまぶしさは普通の人の何倍も感ずるようです。視野が狭い病気がある場合は, ピンホールから物を見ている状態ですから右や左から飛んでくる物体や, 近づいて来る人, 自動車などをとらえることができません。 遠近感や奥行感覚が之しい場合は, 階段のステップや横断歩道の段差を認めることが難しいわけです。
 一口に弱視者といっても,視力の他に視野,色覚,眼球運動などの視機能の異常を伴うことが多いので, 事物の認知力はかなり劣るといえます。 弱視者の道路歩行については, こうした認知の特徴を十分考慮すべぎであります。
 次に,このような認知の特徴をもつ弱視者の行動について考えてみます。
 弱視者は,低いとはいえ視力があるので,視覚的な行動をする, という面からみれば,正常の視覚をもつ人(正眼者)に近い行動といえます。 しかし,動く物体の認知が難しかったり,暗い所では全く見えなくなってしまうような場合は全盲の人に近い行動となります。つまり,状況の変化によって,見えたり見えなかったりするので,弱視者の行動は,正眼者の行動と全盲者の行動の間を行きつ戻りつするように考えられます。従って,道路の施設に関しては,視覚による認知を助けるような配慮と共に,触覚や聴覚による情報を提供できるような配慮も必要となってくるわけです。
 次に,歩行中, どんなことが安全な歩行を妨げるか, またどんな場所が事故に関係するかなどについて考えてみます。

3 弱視者の歩行中の障害
道路,交通機関,建物などについて弱視者が障害と感じているのは次のようなことであります。

(1) 道路(歩道)

 電柱,看板,穴,水たまり,工事の資材,遊ぶ幼児,直進してくる自転車,放置された自転車,駐車の自動車,膝下の障害物,中空 (顔の高さ)の看板

(2) バス(見にくいもの)

方面番号,時刻表,車内料金表示

(3) 駅(見えにくいもの)

時刻表,券売機の料金表,交通案内板,列車の乗車番号札,点字ブロックと床の色,ホームは危険

(4) 建物

ビルや店のガラス戸, ビルの階段

(5) 信号(交差点)

逆光の場合, (信号のない交差点は危険)

 弱視者が危険を感じているのは道路や交差点,階段などであることがわかります。バスや駅などでは標示物がよく見えないという問題が多いようです。
 一方,視覚障害者が事故に会った場所についての調査によりますと,道路上の工事中の穴に転落, 自動車との接触,交差点での自動車との接触,歩道の自転車,駐車違反の自動車.店先に積んである商品,電柱,溝等々,路上施設や交通,歩道上の物件などが原因となっている事故が多いと報告されています。
 全盲の人はもとより弱視者にとって, 「落ちる」, 「つまずく」, 「ひっかかる」, 「ぶつかる」などが,安全な歩行を妨げ,事故につながることになるので, こうした事態が引き起こされないような道路の条件づくりや施設の設置が必要であろうと考えられます。
 以下,道路の整備について,点字ブロック,歩道橋及び階段,交差点,歩道,照明,除排雪,標示物等々について,弱視者の立場から考察していくこととします。

4 弱視者のための道路整備
(1) 点字ブロックの設置の促進
 点字ブロックは,歩く,曲がる,止まるという人間の歩行の3つの要素に対応して,直進方向,方向転換,停止位置を触覚情報として提供する有効な手段であり,弱視者の安全で確実な歩行を援助するものです。弱視者が車道に逸脱する危険がある場所や路上施設に衝突・接触の危険がある場所に設置されることが望まれます。
 駅の構内では,歩行路の中央部に設置されているところもありますが,中央部より壁側に寄る方が,人の流れから押し出されることを防いだり,壁面からの聴覚情報を得やすいという意見もあり検討されるべきだと思います。また,弱視者にとっては,点字ブロックと床の色が似ている場合は,非常に歩きにくいといえます。

(2) 歩道橋及び階段
 転落の恐怖はどんな人間にとっても先天的なものであり,前方の察知が難しい弱視者は特に強い恐怖をもつものです。次の諸点の改善が望まれます。

初めと終わりのステップに, 引き立つ色を施すとともに,スベリ止めをつける。スベリ止めはステップ全部に設置されると一層安心です。
ステップの幅は少なくとも足が全部のる位あるとよい。
ステップに模様のある材料を使う場合,格子じまのように直線が入ったものは,その線がステップの縁と重なってしまい次のステップがわからなくなります。

 このことは,建物内の階段についてもいえることです。

(3) 交差点の盲人用信号機及び点字道路鋲交差点において,横断歩道を渡る場合に必要なことは,交差点の位置の確認,進行の判断,ゼブラゾーンから逸脱しないで歩くことの3つです。
 位置の確認は点字ブロックの誘導で可能です。もちろん,他者の足音,車の音,附近の店のにおい, 白杖からの情報などあらゆる情報を手がかりとすることはいうまでもありません。
 次に進行の判断は,周囲の人々の流れや足音,車の音などは有効な手がかりですが,独りで交差点にさしかかった場合は,信号機からの情報が最も確実です。しかし,全盲の人は信号の色は識別できませんし,弱視者の場合でも,太陽光線が強い時や逆光の時,また夕暮れの薄暗い時や夜などは信号の色が識別できなくなることがあります。
 そこで,盲人用の音の出る信号機(音響式),又は,振動によって「青」を触知でぎる信号機(振動触知式)の設置が望まれるところです。
 振動触知式信号機は,円筒形の筒体を横断歩道口の車道ヘ向かって右側に立て,普通の信号機と連動させて, 「青」になるとバイブレーションを起こすように工夫されています。利用者が横断の際, これに手,又は, 白杖を触れることによってバイブレーションを感じ, 「GO」の判断を得ることになります。信号機の所在場所を知らせるために,所在報知用電子チャイムが内蔵されており利用者は容易に所在場所を認知することができます。
 さて,距離の長い横断歩道やスクランブル交差点では, ゼブラゾーンを逸脱しないように進むことが大切です。 このため,ゼブラゾーンの両端に金属製の点字道路鋲を設置する必要があります。鋲を足裏で感じ取りますので,逸脱せず,安全に横断歩道を渡り切る助けとなります。
 ところで,現在,道内では,振動触知式信号機は1機も設置されておりませんし,点字道路鋲もほとんど設置されておりません。冬期間の雪の問題が障害になっております。振動触知式信号機は,高さ約1メートルに設計されていますので, 1メートル以上の積雪の場合は利用が不可能となります。また,点字道路鋲は,ブルトーザによる除雪の場合は破損を免がれ得ません。
 しかし,振動触知式信号機は,音響式信号機による「騒音問題」を解決するなどの利点もあり,今後,雪国用の改良型の研究や除雪方法の研究などが課題となります。
 また点字道路鋲についても,同様のことが課題となるでしょう。

(4) 歩道における問題
 弱視者は道路の状況の変化を十分に察知するのは難しい。前日まで異状のなかつた歩道になにかの変化が生ずれば,それらは安全の紡げになることが多いのです。
 例えば, 歩道に止めてある自転車や自動車,立看板,商店の露台, ゴミ容器, フラワーポットなどはつまずきや衝突の原因となります。
 また,白杖で察知することの不可能な位置(中空)にある物体は顔面衝突の危険があります。例えば,民地内に停車しているトランクの荷台から歩道に張り出している資材などは,予測が困難ですから,突然,強い衝激で顔面に当たることになります。弱視者がこのような痛手に会うと,精神的にも強いショックを受けて,外出を嫌うようになったり,社会に対して不振の念をもつことさえあります。
 歩道上におけるこれらの事態は,正常な視覚をもつ人が,道路管理規則などの法律を守ると共に,ほんの少し気を配ることで解決することであります。
 中空に張り出した危険なものとしては,店先の日よけ,雨よけの支柱,旗ザオ,電柱に巻きつけた針金,街路樹の枝,看板などがあります。
 また,いつも歩き慣れた歩道が工事現場となって,路上に資材が置いてあることもあります。十分な配慮を望むものです。
 更に,アスファルトの裂け目やくぼみなどの破損に対しては,すばやい対応が望まれます。修理のあとの盛り上がりやマンホール(桝)の凹凸なども,膝下の空間認知が不得手な弱視者にはつまずきの原因となるものです。

(5) 照明の問題
 夜間は,足元はもとより,近い物でも見えずらくなり,路上の突出部分や穴につまずいたりすることが多くなります。次のような場所に適切な照明が設置されると夜間の歩行がより安全になります。
 横断歩道,曲り角,施設入ロ,歩道橋や階段の昇降部,ポスト,電話ボックス,火災報知機,バス停留所,歩道の幅の狭い所。

(6) 除排雪の問題
 冬期間の歩道は点字ブロックは圧雪下になり,夏期には十分キャッチできた周囲の音は雪に吸収されてしまい,視界も白一色となり,単独の歩行はきわめて難しい状況になる。 しかし,全盲者や弱視者が車道を歩行するような事態だけは避けなければなりません。

 徹底した除排雪が望まれます。

(7) 標示物の間題
 弱視者が外出する時は, 単眼鏡を携帯していることが多い。それは,比較的遠方の事物や文字を確認するためです。例えば,駅名,バスの行先,看板の文字を見たりします。
 しかし,あまり高い位置にあると見えずらいので,公共的な標示物は適切な高さに標示されることが望まれます。
 また, 見えやすい字体,色彩のコントラストなどが配慮されれば弱視者の認知を助けることになります。

 

5 おわりに
 以上,弱視者の認知特性に基づき,道路の施設に関して考察を試みてみました。
 第一に,弱視者のための施設といっても,全盲者のそれと共通することが多く,聴覚や触覚を活用する施設の拡充が必要であります。盲人用信号機,点字ブロック,点字道路鋲などの設置が一層促進されることが望まれます。この場合, これらの施設が,車椅子の利用者など他の障害者の歩行の障害とならないような設置の仕方も検討される必要があります。
 第二に,低い視力とはいえ,視覚によって行動できることは,情報量が増加することであります。人間の情報量の80%は視覚によるといわれますが,弱視者が残存する視力を最大限に活用できるように援助することも大切なことであります。こうした意味で,施設・設備の色彩の問題,標示物の文字の大きさ・字体・色彩・配置関係の問題,夜間の照明など今後の課題であり,視覚パターン認織の特徴に基づ、いた研究が望まれます。
 第三に,道路の放置物件や不法占有物に対しては厳しい対策が必要であり,道路パトロールの強化が望まれます。
 第四に,冬期間においても,障害者甲の諸施設が十分に利用されるため,除雪に関する研究や対策の一層の充実が望まれます。
 さて,盲人用信号機や点字ブロックなど視覚障害者用の施設は,関係各位の御尽力により今後ますます充実発展していくものと思われますが,私共が留意しなければならないのは,施設・設備が立派になった, 「それで十分」 とはならないということであります。
 といいますのは,視覚障害者が,視・聴・触・臭などあらゆる感覚を総動員しても,路上や中空における状態の変化を事前に察知することは難しいということです。そこで,そうした変化を察知できる人,つまり目が見える人の援助( 「そこは危いですよ」 )が必要となってきます。そうした援助があってこそ,設備がより有効に利用されたことになります。
 障害者と健常者がともに社会の一員として理解・協力し合ってこそ,障害者用の施設は一層の有効性を発揮するものと思います。

(北海道札幌盲学校)

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