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随 想

(第8次道路整備5ケ年計画に関連して)

瀬 藤  智 雄

 

 わが交通研究会は20数年も続いてきた。これは決して1人の力でやれるものではなく、その時々の多くの人達の支えがあったからである。本当に、同好の人達が集まってよくもここまでやってきたものと思う。また、今後ともそうした人達の努力によって引きつがれて行くであろうことを願ってやまない。交通問題が今日複雑で重要な問題であることは、会の発足当時と比較して、時の推移とともにいよいよその度を増しており、また、将来とも続いていくことであろう。会では、特に北海道の諸問題を扱ってきたが、゛雪と寒さ゛を克服していく所に別な苦労がある。それを乗りこえて現在に至ったことは感激にたえないものがある。
 前号において第8次道路整備5ケ年計画について書いたが、その後の経過も報告しなければと思っていたが、一文をまとめることは容易ではないのでここに若干の報告をして責めを果したい。
 総額28兆54億円の大枠は確保できたのであるが、これは昨年度の国家予算に匹敵するもので、これを認められるには相当の苦心があってのことで、一時は、唯一のガソリン税の財源を石油備蓄に廻せといった論議がかなり強かったようであったけれど、これを守り抜いたことは今後の道路行政にとって大きな試錬であったろうと思う。石油新税という形で、論議されたエネルギー問題が解決されることのようである。これは、円高によって石油業界は為替差益を得るわけで、これを消費者に還元すべきであるという世論もあって、石油新税を創設することによって、風向きを変えることのできたこともその原因であるというがその後この新税については問題があって立消えになったようだ。ともかく、ガソリン税の道路財源への道は昭和28年以来確立したことになったことは喜ばしい。
 特に、これからの道路は、自動車を通せということ一本で進んできた今までとは異なり、道路環境の質的な充実という時代の要請に応じようとしている。従って道路整備緊急措置法(昭和33年)においても、今までの「自動車交通の安全の保持とその能率の増進」ということから、「道路交通の安全とその円滑化を図るとともに、生活環境の改善に資し、もって国民経済の健全な発展と国民生活の向上に寄与たることを目的とする」というように第一条の改正が行われるようで、これも以上の意味からいって当然のことである。
 ただ法律を変えただけでは意味をなさない。第8次計画を契機に大きな方向転換が要請されたことによるものである。ここで筆者は雪寒道路法を推進していたときのことを考えた。詳しくいえば、゛積雪寒冷特別地域における道路交通に関する特別措置法゛と名づけたのであるが、そのとき(昭和31年)にすでに゛道路交通”という言葉を使ったが、その後20数年を経過して緊急整備措置法においてようやく゛自動車交通゛から゛道路交通”へと言葉を変えた点に気付いたことであった。雪寒道路法においては自動車交通でなかったのである。歩道除雪から民生安定をも含んだ広汎な内容をもったつもりである (同法第一条)ことに気付いて貰いたい。
 ことしの冬は持に雪が多かった。色々な問題をかかえ乍ら、ことしの大雪も、北国の冬の生活と都市設計にさまざまな反省点を残して、いま春の光の中で消えようとしているが、これらの点についても第8次計画の中で充分にとりあげられなけれはならない。雪が消えると同時に、今冬の教えた幾多の教訓を忘れずに深く反省して、このことが反映して前進されるよう願って止まない。
 始めに書いたように、わが交通研究会も官民の人達によって構成されているので、その合間合間に計画したことが実行されるには相当の努力がいる。ことしは実行部隊である幹事諸君と理事との間でいろいろと行事を行いたいと考えている。幸いに会員諸氏の協力をお願いする次第である。

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