内浦湾に道路・鉄道併設橋を
−30キロメートルを橋で繋ぐ−吉 田 幸 一
は じ め に
西暦200X年のある日,私は札幌から函館へ向かう列車の中にいた。苫小牧を過ぎはや室蘭である。窓の外を眺めていると突然列車は海に進路をとり,内浦湾の中に向かって進んだ。そう,内浦湾横断橋が完成し,供用が開始されたのだ。約30分の海上の旅である。天候にも恵まれ,青い海とそれに映える駒ケ岳を望み実に壮快である。だが,海の単調な水面を見下しているうちに,函館まであと僅かと思いながらいつしか軽い眠りにおちた。
目をさますと1984年。正月のお屠蘇の飲みすぎで夢を見たようだ。だが,内浦湾に橋をかけ列車や車を通すことは,果して夢のなかだけのことなのだろうか。このでつかい初夢について,私は乏しい資料をかき集めこの一編を書く気になつた。以下,
その駄文てあるが, しばしおつき合い願いたい。
1. 内浦湾の自然
内浦湾(噴火湾)は,胆振,渡島の海岸にほぼ円形に囲まれ,直径約50km,海岸線の延長約150km,面積約2,000km2で,湾口は南東部で大平洋に開いており,その幅は室蘭地球岬から砂原町砂崎の間約28kmである。
海岸線に沿つて見ると,礼文から静狩にかけて火成岩の海食崖があるほかは,砂浜海岸が断続的に続いている。
湾内の水深は図一1のとおりで,最大水深は湾西部107m,湾口では96mである。海底の勾配は北側で緩るく,南側は急になつている。
湾内の海流は年により変動はあるが,傾向としては夏から秋にかけ時計回り,冬から夏にかけて逆回りの流れが卓越する。
湾周辺地域の年間平均気温は8〜9度で,風向は夏には南西の風,冬には北西の風が多くなる。
2. 内涌湾の社会現況
内浦湾を囲む地域には,室蘭市から砂原町までの2市6町がある。昭和55年の国勢調査によると,湾周辺の人口は約26万人で,
その内58%の15万人は室蘭市に集っている。
産業別の就業者状況をみると,室繭市以外の市町で,第一次産業21%,第2次産業26%,第3次産業53%と,第一次産業の割合が道内のほかの地域に比べ多くなつている。この第一次産業のなかで,とくに水産業が多くホタテガイを中心とする養殖業が盛んである。昭和52年にホタテガイの大量へい死が発生しこれに続いて毒性間題がマスコミに報道され注目されたことは記憶に新らしい。
第二次産業を工業出荷額かろみると,水産加工品を主とする食品製造業の占める割合が大きく,特に湾南岸では昭和56年,
全工業出荷額の70〜90%にも達する。
3. 交 通 の 現 況
湾周辺には,国鉄がほぼこれを一周する形て走っており,東室蘭駅から砂原駅までの間150kmは特急で約2時間かかる。現在,特急6往復,急行1往復が毎日湾を一周する形で走っている。
一方,道路は,国道5号とそれに続く国道37号がほほ鉄道と平行しており,その距離は室蘭から砂原までの間約160
Kmである。また,北海道縦貫自動車道は白老まで供用されているが,虻田までは整備計画が定められ,建設が進められている段階である。
航空機は千歳・函館間に1日4往復運行されている。
以上の輸送状況を全体として見ると,旅客流動については,道南地域と道内各地との間には年間444万人の動きがあり,その内,道央地域とは428方人で,96%と圧倒的な割合を占めている(表−l
)。又,貨物流動については,同様に道南地域と道内各地の521万tに対し,道央地域とは399万tと77%となつている(表−2トン)。
4. 時間・距離の短縮効果
現在,世紀のフロジェクト青函トンネルは完成を目前にし,
永年の夢が間もなく実現しようとしている。昭和61年に完成,昭和62年には在来線方式による供用開始が計画されている。ひき続き,北海道新幹線(昭和48年整備計画決定
青森−札幌)の早期建設が望まれる昨今である。
本道はわが国に残された,最後のフロンティアであり,この豊かな自然・資源を有効に生かす方法を考えなければならない。そのため,広大な地域を短時間で結ぶ高速交通ネットワークの確立がぜひとも必要であると考えられる。交通問題の解決なしには,北海道開発のお題目である各地域の均衡ある発展,ひいては本道全体の発展を期待することはできないだろう。国鉄石勝線の開業,千歳空港駅の新設,高速道路の建設,各空港の整備などが進められ,着実な進展を見せてはいるが,遅々としたものである。
こうした状況のなかで,道南地域と道央地域との結びつきは,人及ぴ物の動きで示されるとおりとくに大きく,
の間の時間距離の短縮は,道南地域の発展に大きな役割を果たすものと思われる。
道央地域,特に札幌との直線距離と所要時間を代表的都市間で比較すると表−3のとおりで,道南地域の中核である函館はその距離に対し,所要時間が他都市に比べて大きすぎることが明らかである。
この数字からみても,道南地域と道央地域間をより接近させる対策が必要である。それは,内浦口部を横断することにより,果たせるのではないだろうか。
日本列島を陸続きとしようとする大プロジェクトとして,古くは関門トンネルがあり,現在は建設中の青函トンネル,本州四国連絡橋などがある。これらがほほ目途がついた段階で,次の時代の国家的計画として内浦湾橋の建設は,検討するに十分値すると思われる。
現在,首都圏再編を目ざす東京湾横断道路が計画され,調査が進められている。もちろん,その緊急性などにおいて一歩譲るとしても,
内浦湾橋の必要性に影響を与えるものではない。
これらの大プロジェクトについて長さの面から比較したのか表−4である。この内,現在計画中の東京湾横断道路の位置及び概要について示したものが図−2と図−3である。
東京湾横断道路は川崎−木更津間の延長15km,最大水深30mの位置に,東京湾の船舶航行空間の確保,海底の軟弱さ,羽田空港による高度制限等の制約で,中央部を沈埋トンネル,両側を橋梁とし,その接続点に人工島を設けるという形式で計画されている。
内浦湾横断の意義としては
(1) 道央地域と道南地域の有機的結合
本道の中心である道央地域との時間距離を短縮し,かつての本道の玄関口函館市を中心とした恵まれた人的及び自然的資源を有効に活用することである。函館圏を除いては人口減少傾向にある道南地域の活性化を図り,本道の発展に寄与する。東北地方との結びつきの強化も図ることができる事はもちろんである。
(2) 観光・レクリエーション空間の有効利用
昭和56年度統計では函館,大沼,松前等道南観光圏としては約79万人の入り込み数があり,大沼周辺の観光客数は約200万人,その内道内客が69%を占めている。多くの人口をかかえる道央地域との直結は,利用の増進につながり,恵まれた自然空間の有効活用が図られることとなる。
(3) 産業の発展
テクノポリスまた水産基地として函館は,大消費地との距離の大幅短縮,輸送費の低減をはかることによつて,地域産業の大きな発展を期待することができる。
(4) 開発効果
建設業に対してだけてなく,雇用の拡大,資材の調達,その他直接的,間接的に本道経済に大きな影響をもたらすだろう。
横断位置にもよるが,湾口部で直線距離約30Km,在来特急で考えると,現在の約2時間が約30分と約1時間半の短縮が可能となる。現在4時間15分の札幌・函館間が約2時間40分程度となり,石勝線経由の札幌・帯広間とほほ同程度の所要時間となる。
遠隔地へは,航空機による輸送が一方の柱であるが, 300km程度の中距離では飛行機利用者の80%が他交通手段との比校を行うとの北海道開発局アンケート調査結果がある。国鉄石勝線開業後の札幌・帯広間の利用状況からみて,200km程度の距離は鉄道が対応できる範囲である。
距離の短縮による料金の低減も見逃せない。現行料金で考えると,在来特急で約1,500円安く,貨物運賃も同様に低下することになり,その波及効果は大きい。
5. ルート案, 工費は1兆6千億円
湾口横断のルー卜,構造形式などについては,当然,地質・気象等の自然環境及び経済効果等の詳細な調査を行い,十分検討することが必要であるが,現在その様な資料も,又それだけの知識もない私としては,軽薄ではあるが,独断と偏見で考えてみた。
ルートとしては,湾口部最短距離は28kmであるが,室蘭・砂原を結ぶ約30Kmが考えられるのではないか。
海底の地質はボーリング等の成果がないため,地質学的に考えると,
ルートの南側約1/3程度は岩盤が薄い表層の下にあり,中央部約1/3程度は支持層としては適当でない沖積層が約30mの厚さで堆積し,岩盤は海面下マイナス100〜150m程と推定される。又,北側約1/3区間は洪積段丘で,支持層として期待でぎる砂礫層が50〜60mの厚さで海面下マイナス60mにあるものと推定される。水深などを東京湾横断道路とだぶらせて書いたのが図−4である。
これらから考えて, 中央部の約1/3を除く区間は橋梁形式が十分可能であろう。また,中央部は大水深であり,基礎地盤も深いことから,沈埋トンネル等の検討が必要と考えられるが,今後の技術革新も期待されることから,現段階としては橋梁としておきたい。形式等の検討に当つては,養殖が湾周辺市町村の重要な産業であることから,
これら環境に対する配慮が必要であろう。
又,この内浦湾横断橋は,鉄道・道路併用とし新幹線も通行可能とすべきであることは言うまでもない。又,現在宮崎県内で実験が進められている,浮上式鉄道(リニアモーター)が導入されることも期待できる。
しかし,問題としては,予断される膨大な投資に見合う効果があるかどうかという点である。青函トンネルでも,計画・事業開始の時と完成時の社会的状況は大きな変化を見せており,無用の長物視する意見もある。また,
現在, 国鉄再建の必要性から地方交通線の廃止問題もあり,今後の見通しが難しい情勢のなかで,
その効果の算定等手に負えるものではない。 しかし,新幹線を考えた場合,現在整備計画区間の小樽回りでは函館・札幌間約227kmとされており,
この横断橋を経由した在来線ルートの方は約10km程度短縮されるに過ぎないが,
橋梁部以外の区間や施工及び経済効果を考えると南回りが有効との要素もある。
本橋の工事費はどのくらいかかるだろうかと,
ざっと試算してみたところ, l兆6千億円程度である。このような大規模プロジェクトが現在の国家財政状況から今後さらに抑制されると思われるが,
新しい道民の夢と希望の架け橋として,
内浦湾横断橋が実現することが望まれる。
お わ り に
長大橋が実現するまてには,永い間の夢の架け橋と言う言葉が使われる。その夢は,その当時の技術と社会・経済状態では本当に夢であったに違いない。戦後,続々と架けられた長い橋は,それぞれの地域住民にとって何百年にわたる夢であった。本四連絡橋も夢のまた夢の橋であつたものが,ーぺんに3ルートも架けられることになつて,現在,次々と部分完成をみている。
夢は永い間,人々の熱い情念とともに語り合い,語りつがれている間に,
必ず実現するものではないだろうか。
こういつた厳しい状況の中でこそ,青函トンネルに続き,内浦湾横断橋を次の時代の道民の大きな希望の灯の一つとして掲げる必要があるのではないか。初春の夢として終らせたくないものである。
浅字非才の身であり,文章・内容とも不十分と思いますが今後の本道開発の夢の一つにお加えいただければ幸いです。
(北海道住宅都市部都市計画課)
本文をとりまとめにあたり,次の資料を参考とした。
1) 漁場改良復旧基礎調査の概要 内浦湾(噴火湾) 昭和55年3月 水産庁
2) 第17回北海道市町村勢要覧 昭和58年 北海道
3) 東京湾横断道路の調査概要 昭和56年11月 日本道路公団
4) 本州四国連絡橋 昭和56年1月 本州四国連絡橋公団
5) 昭和56年度北海道の観光客入込みに関する資料 昭和57年9月
北海道
6) 北海道航空路線特性と空港圏に関する一考察 昭和58年3月
北海道開発局
7) 北海道幹線道路交通量推計報告書 昭和57年3月 札幌土木現業所