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          北海道にとっての21世紀的思考

                                         北 海 道 東 海 大 学
                                     助教授  李  俊 鎬
                                     (韓国籍 札幌市在住)



空虚なイメージの膨らみ
 21世紀を目前にした今の時代に対し、国際化或いは情報化社会への見通しを強調する一連のかけ声にはもうすでにさほど新鮮さを感じられないほど、表現そのものは日常化していると言っても良いかも知れない。しかし、具体的な実態や実感を伴わないこれらの標語は観念的な概念のみが勝手に拡大解釈され、ただ我らの生活周辺を一人歩きしているかのようにも受け止められる。
 特に東京一極集中がもたらした生産の合理化が、高度成長の達成と共に訪れた消費や分配の経済発展論理に抑えられ行き詰まりを感じるや、地方分権へと方向転換が叫ばれ、今まで成長の影で犠牲になってきた地方へと目を向け始めると共に「地域から世界へ」または「地球規模で地域を考える」等のスローガンのもと日本の各地域では様々な模索が行われ、多くの可能性を投げかけるようにはなってきたが、そこには空虚なイメージの膨らみだけが先走っていた面も多く含まれていたに違いない。
 単なる日本人出国者の増加や外国人入国者の統計のみをもって国際交流の推移や見通しを試算する表が示されるからと言って国際化が進んでいると速断はできない筈であり、コンピュータや携帯電話が普及しているからと言って情報化社会が実現できたとは決めつけられないのである。


密度の高い情報アクセス
 それにも関われず、国際線の整備が充分整っているとは言えない北海道から見ると、統計上ではいかにも時代に乗り遅れているかに判断されがちであり、整備新幹線の論議などでは国内に置ける心理的な距離感により、常に情報交流のネットワークから取り除かれているかのような被害意識が暗に働いているように思われる。
 しかし、国際化または情報化社会を目指す時代が要求している21世紀は、大量のエネルギー確保により支えられる工業化や資源の物理的流動を基盤とする都市化ではなく、キーボードや半導体を反応させる微量のパワーのみで充分な動力の小型化による脱工業化や交通・通信の密集による単なる知識の量的な氾濫と交錯より、密度の高い情報のアクセスーが可能な脱都市化にあるかも知れない。
 特に北海道が属している北東アジア・太平洋地域は、地域間交流の活性化のため新たな認識として歴史からの開放の世紀への共通理解が今までの観念を克服する動きとして台頭すると共に、少なくとも中心と周辺という高低の距離認識ではなく、等距離的な水平交流が協力に進められるに違いない。


北東アジア・太平洋時代への役割
 そこで、今までの地域内の国際関係が2極間の交流即ち日米またと日韓等といった形での交渉は活発に展開されていた反面、地域全体を取り込む多極的な協議体が未だに形成されていないのが特徴的であると指摘できる。その中で北海道が出来る北東アジア・太平洋時代への役割は、その2極間の等距離交流が様々に交差する集約地として関わることで、冷戦後も分断の対立が依然と残されている韓半島を巡るロシア・中国・日本・アメリカの4カ国が地域内で交差する関係を固定化させる認識に留まるのではなく、OECD加入などの躍進を達成している韓国を含め5カ国からなる地域協力機構を等距離的な位置として捉える認識の転換が求められる。北東アジアに於けるスイスのような国際コンベーンションセンター的な機能を果たして行くべく、アジア・太平洋協力機構なるものの設置誘致や国際イベント誘致拡大が情報の密度を高め、日本そのものも北海道を通して地域内の多国間交渉に入って行くような構図を造ることにより物理的な数値による国際化ではなく、真の国際理解が芽生える開かれた地域発展につながるのではないかと期待してみる。
 即ち、中心が固定されていてその周辺がそれぞれ中心との関係線を引く放射状の都市化や工業化ではなく、日本の中央としての東京に対する北海道がアジア・太平洋というより広域的な地域構図の中では多国間交流の焦点として収斂がなされるというメビウス的な発想の転換をもって、中心も周辺も同じく力動する幾何学的な補完関係を築き上げることと、これらの関係に対する意識面での脱皮が望まれる。

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