シベリア極東視察記
神 代 方 雅
目 次
| はじめに . 1 行 程 2 視察記
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3 シベリア開発と水利 4 シベリア・極東の運輸交通 5 シベリア・極東の産業と輸送動向 むすび シベリアひと口メモ
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はじめに
昨年9月 “北方圏調査会”(会長知事)の第1回調査団に、運輸交通を担当し、約半月ナホトカ、ハバロフスク、イルクーツク、ブラーツク各市の市長・大学・工場あるいは沿貿事務所を訪れ、博物館、都市施設、発電所等を見学し、日頃抱いていた対ソ観あるいは開発計画や建設に携る者としての世界観ともいうべきものを、大いに改めねばならないと考えさせられている次第です。以下今後シベリアを訪れる方々のことも考え、できるだけ現実のまこご報告いたします。
1 行 程
9月15日、定航客いバイカル号で横浜出港、2日半で津軽海狭を越えナホトカ港着。ナホトカ〜ハバロフスク約1千キロシベリア鉄道で15時間、ハバロフスク〜イルクーツク2千5百キロジエツト機で5時間、イルクーツク〜ブラーツク約6百キロプロベラ機で15時間、合計約4千百キロと海路を往復16日間、調査団員22名それぞれの立場での質問事項を視察個所に対しあらかじめ纏めておき、整然としかも詳細に聴取できたのは大きい収穫でした。ただ一つ残念なのは飛行機の遅廷で、ハバロフスク鉄工大学を視察できなかつた事です。往復とも日本のカニ族が一杯で、国内旅行の錯覚がありました。羽田〜モスクワ国際運賃往復30万円に対し、われわれのルートによる国内運賃が半額で済むので、退職金30万円でパリに行く娘さんなど、若人の国際化をこの径路が助長しているようです。
2 視 察 記,
(1)横浜〜ナホトカ
定期客船バイカル号は、ナホトカ〜横浜〜香港の航路で5,300総トン、乗客定員3百名、乗組員120〜180人(増減がある)は殆んど女性でしかも美人。サービスよろしく、映画(シベリアの風物)、音楽とダンスパーテイ、欧露産コニヤツクやスコツチなど1/10で呑めるノータツクスのバー。
2日半を楽しく、米英独仏を文えた国際親善を展開しながら。
ナホトカ港は軍艦アメリカ号が時化で逃げ込んだ所で、巾10キロ程のアメリカ湾と、拾い物という意未のナホトカの名前の起源とのこと。防波堤がなく、山が海に迫り平地が少なく、突出岸壁もないようだが、岸壁にはクレーンが林立して日本向けの原木を荷役し、1万トン級とも思われるドツクもある。市の人口は約20万、小樽と姉妹都市である。ウランゲル港はナホトカと直線距離14キロの所で、奥行約3キロ室蘭港ほどの規模らしい。急峻な丘陵に囲まれ、水深は水域中央で18メートル。目下陸上施設、道路・鉄道等を建設中らしい。税関でほ所持金を申告し、サイフを開き調べられる。帰途増えていたら没収。空つけつであつたらハラシヨー。テープレコーダー禁上、いかがわしい写真、日本の週間紙も没収。調べは船室で行なわれ、行列しなくともよいのは親切である。ルーブルとの文換は、ここかハバロフスクのホテルにある銀行でする。ノータツクスの売店(べリヨスカと称し、船とハバロフスクのホテル、イルクーツクの空港にある)では円で結構だが、市中の買物に必要なだけ交換する。
シベリア鉄道乗車までダイリントルグ(沿岸貿易事務所)で所長に会い、問題点をさぐる。遠い欧露から消費財をもつて来なくとも、安くて良い、日本品をなぜもつと買はないかという問に対し、バーター制や、沿貿が国家貿易の赤字を埋める役割その他色々の難点がある。日本はソ連で余つている昆布、銀ダラ、イカなどを買いなさいという答が返つて来た。あとで物価を調べたところ、日本製であるなしは別として、必需品以外は高い。従つて低所得層まで行渡らない所に先ず問題がある。次に最も基本的な問題は、ソ連側一つの窓口に対し、日本は多数の商社、自沿体、地域代表等が入り乱れて競争している点にある。日本の商品が買い叩かれ、原価を切つたという数例を聞いたが日ソ双方に良いことでない。真に双互の利益の立場に立つた生産と貿易の計画と、国同志の貿易体制が絶対必要であることを視察団の一致した見解として申上げたい。各地で日本品をもつと買いたいという声をきき、イルクーツク州知事は貿易課を設けて積極的に日ソ貿易を研究していると聞いた。日本は良い製品を正当に安く供給し、ソ連はシベリアの市民と企業に安く多く売却して、消費生活と生産活動を向上し、日ソ相互に繁栄を図る関係は明白に成立すると思う。
(2)ナホトカ〜ハバロフスク
シベリア鉄道で驚いたのは車掌が20才前後の美人で、これが各車に交替で寝ずの番をしていることである。車輔の作りも精巧でゆつたりとし、熱湯も出る。定時に発車し到着した。残念であつたのは、船で700円のコニヤツクが約10倍したことである。
ハバロフスクは、アムール河が中ソ国境に沿つて流れていたのが急に向きを北に変え、
またウスリー河と合流する所にあり、この合流点に中ソ紛争の川中島がある。1971年の人口は約45万大学4があり、入口の1割が学生。電線工場、造船、エンジン、工作機械、家具等の工場、サハリンからの石油精製所等がある。火力発電所では暖房用熱湯と都市ガスを供給。名目ほどの電気ガス熱湯と家賃のアパートを建設し、古い住宅を買上げている。アムール河畔は奇麗に護岸し、公園化され、レーニンスタジアムという大運動場、温水プールもある。アムール河はここで河巾約12キロメートル、対岸と見たのは約3キロメートルにある島である。アムールは魚類が豊富で、市民は夏冬を問はず釣を楽しみ食用にする。氷の下から1メートル近い鯉、
2メートル以上のなまずを釣上げるには、大きい穴は危険なので、魚の頭を氷の穴にはめ込むのが釣技術との事。増水した水が急に引くと、岸から何百メートルかの間に大きい魚がゴロゴロしているとは大陸的性格が魚にもあるのであろうか。
ホテル〃シエントリナヤ〃バス・トイレ付、各階に鍵婆さんが24時間座つている。食堂は夜になると市民も来てダンスが始まる。土産品店(べリヨスカ)は、各国の酒・煙草・皮製品、こはく・ダイヤもあり安く、郷土人形は純朴で面白い。洗面台はどこでも栓がない。家具調度は実質的だが、
日本製に遠く及ばぬ。エレベーターは自動開閉でなく、扉は観音開きに内側に。3人並ぶ程度の内矩に、ビヤ樽級のエレベーター婆さん。満員時の開閉にはご想像の事態になる。
アムール電線工場は、総ての電線をシベリア極東に供給、一部モンゴル・朝鮮・アフリカに輸出。従業員2,500人、6割が女性、
また5割が青年、週5日1日6時間4交替。賃金男女子等、手当はシベリア手当2割、勤続手当毎年1割加算、平均して欧露の倍近くになるらしい。生産額は1970年で5,300万ルーブル、その利益80万。利益の使途、700万を国に、残100万はその4割を生産増のための施設に、4割を厚生施設、
2割がボーナスで1人当約6万4千円位。1968年から新経済システムとしての利益配分方式で、この工場のようにボーナス等の手当を支給しているが、これを物質的刺激と称している。精神的刺激は、表彰制度や、職場の堆薦により技術学校に派遣し将来リーダーになることを約束する等を行なつている。一般に学生は国が35〜80ルーブルの給料(最高は医学)を出しているが、この工場は更に15%上積する。シベリア極東は夏が短く、消費生活の不充分等、数年で金が溜つたら欧露に戻るものがかなりあり、労働力確保と生産性向上がシベリア開発の焦点の一つであるようだ。ソ連はスボーツ中心の健全娯楽で良い事であるが、広い土地への自動車の普及や、長い冬の間の娯楽に、例えばボーリングなど何かもつと積極的な対策がある筈と思う。新経済政策は、消費面に効果を出さねばならない。
その他、労働者会館は宮殿と称し、音楽・バレー・演劇・絵画等のサークル活動の施設である。日本人墓地は詣でる旅行者が多いとみえ、清掃されて新しい線香と花があつた。全員引揚げを見送り、病にたおれた河越重貞中将はソ連人の感激を呼び、特別日本式の墓が鉄柵で囲われている。
(3) ハバロフスク〜イルクーツク
空港前のサルビアの大花壇が秋陽に映え、カニ族日本男女、欧・米・銀・白・栗・黒の髪、青い目茶色の目が右往左往。
10才位の娘を連れた30代のスマートな婦人、乗客と思っていたら、飛行機のタラツプ上り口で切符の半券を切る。ソ連ではスチユワーデスなど子供連れの勤務を見かける。ところで、切符切取線にミシン穴かなく苦労している。端を残して切つて渡したところ、いきなり大きい声でスポシボ(有難う)、お元気でね(日本語で)と大きい目でウインクされた。一寸した気の利いた手段にはソ連人はうとく不器用、その代り実質的で量、スピード何でも必要以上の大きさ強さを好むようだ、それでいて案外オセンチな所がある。切符の切取線で〃思い遣り〃と受取り感激じたのであろう。
機は上昇して約15分間、大アムールと原始のまま縦横に流れ来り去つた跡の半月形の無数の湖沼の上を飛ぶ。これを過ぎると、タイガ(針葉樹林)の眼る山岳地帯が続く。イルクーツク近くになり、農耕地と集絡がみえる。
1万メートルの上空でアムールの河巾約12キロと比較して2〜3倍の辺長の矩形の農地がそれぞれの作物の一色で潰されている。抑留生活をした人が、朝種播を始め、夕方向う端に着くという。機がバイカル湖上に達すると、突如ウドンをこねたような、降りて歩けるような密雲にさしかかる。白く輝く雲海を観賞しでいると、機はその中に突入し瞬時に薄暗になる。その中を除々に高度を下げ雲が切れた真際に空港があり、悠然.と長い滑走をして着陸。降立つと寒風。
2千5百キロを膚で感じる。
イルクーツク市はバイカル湖から只1木流れ出るアンガラ河に沿つた丘陵の上にある。シベリアで最も古い街で、人口約45万、1/3が学生といわれ大学が多い。アンガラ川の最初の発電65万kWHと、機械・造船・アルミ精錬と加工、木材・食料等の工業がある。エニセイとレナ河との間の範囲を東シベリアといつているが、イルクーツク州はその大半を占め、かつシベリア開発の中心である。面積76.8万km2(日本の倍)の9割が森林でそれは全ソの11%に当たる。石炭・銅等資源が豊富で、特に水力は全ソ水力の2/3がシベリアにあるというが、この州が大部分を占める。
ホテル〃アンガラ〃は新らしく、ホステスも各種毛色の美人揃い。ここでは東独観光団と一緒になり、次のブラーツクでダンス交歓などをすることになる。市長と会見し、技術総合大学、アルミ工場、製茶工場、歴史博物館等を訪れ、それぞれ詳細な説明を受けた。
イルクーツク技術総合大学は、ブラーツクに分校がある。地質学部博物館で、シベリアに豊富な雲母や世界一と称する自然産純金塊など博物資源の種類が多いのに驚かされる。
市長との対談は、40代剽悍で好男子の市長と、30代の美人助役。予算の内容や都市計画等を、活々とかつ懇切に。1.6億ルーブルの総予算、1億は新らしい建設に、うち7割は住宅で、住宅には4/7国庫補助がある。0.6億のうち教育0.13、都市緑化0.07、保健0.01が大きい比重を占める。都市計画は道路(巾70メートル位)空地を広く、建物は5階建位に止めて、人口と道路空地との比を緩やかにし、将来人口6〜70万以上にしない。(他の都市もそうだが、中枢管理や商店街などのセンターが見当らず、全部がアパートで占められるような都市構成である)。河川運輸の構想を聞いたら、北極海〜エニセイ〜アンガラ〜バイカル、更に運河でアムールとつなぎ、日本海に通じ船洋船を通すことを研究しているという。欧露は河海湖を運河で結び水運を活用しているので不思議とも思はれないが、数多くのダム計画やバイカルとアムールの距離など、かなり大担な構想と思われる。
アルミ楕錬工場は、1862年創業。1棟90の電解装置で年25万トン、6棟で15万トンインゴツトを生産。電力1km0.03カペーカ(12銭)で供給される。ウラルのボーキサイトをそこでアルミナにして輸送する。50万kvの超高圧送電をしているが、その送電ロスとアルミナ輸送費との適合位置に工場建設を計画中。
(超高圧は目下120万kvまで研究中)。工員は3,300人、1〜6級職に分け、最高6級が300ルーブル。1970年のボーナス本俸の2割、更に増産分手当2割を支給。発電計画と電力コスト、ボーキサイト資源量、最も関心を払うべきものの一つ。
製茶工場は、原料はセイロンが主。普通の紅茶と粉末を煉瓦状にしたもの(削つて用いる)を年産15万トン、完全オートメで、殆んど工員は女性。味は仲々良く、ロシアチヨコも良い。もう結構と手を振つたが、また可愛い少女が持つてくる。3枚目手で蓋し了解。
歴史博物館は、帝政流刑者の生活、猛獣との密林の闘い、解放戦争の模様、世界一のブラーツク発電所と木材コンビナートの模型など、人種が多く老齢層に文盲が多い為めであろうか、陳列は総て象形的で劇を見ているようだ。30代の蒙古系らしい小柄の女性、ウツスラとヒゲを生やして。しかし陵起した胸と締つた体駆。さして温くない館内で汗を浮べ3時間の説明の熱演、通訳氏も汗をかく。広い国土と110種以上の人種、及ばない教育、酷烈な自然、これが帝政から社会主義に至る必然的理由ではないかと、国家民族のもつ基本的性格を互に理解する必要を痛感した。
(4) イルクーツク〜ブラーツク
朝食抜きで、 7時まで空港へ、ブラーツク霧のため10時に飛び立ち、もう着く頃と思つていたら元の空港。13時まで侍ち漸くブラーツクヘ。ソ連の飛行機は絶対安全と聞いていたが、なるほど慎重そのもの。
ブラーツク市長との対談は、 40才の市長。水力発電のメツカとし、世界中の見学者に対応の慣れた口調で。東シベリア開発の先端がブラーツク市、密林の中に全く新らしく建設中の実験都市である。人口20万、市民平均年令32才。市域65キロメートルの範囲に8ブロツクに分けアパート群を建設。上下水・ガス・暖房完備。教育に特に力を入れ、電気・土木・建築・機械の技術総合大学(イルクーツク分校)や、医学・音楽の単科大学があり、人口の5割が教育関係。工場は28、木材コンビナートはブラーツク海(ダムをいう)沿いの750haんに製材・家具・チツプボード・木材化学・パルプ等11工場を完成し、次の5ヶ年でこれらを倍増、また全ソに供給するアルミエ場を建設する。気温−55℃に達し、降雪80ミリ位いで、風はあまりない。賃金のンベリア手当は4割、そして2年毎に南部に旅行させる。
技術総合大学分校は、学長クズネツオフ氏が寒中施工を研究している土木屋というので、突込んで質問したが通訳不能。あとで質問書を送ると申入れ快諾。経済学のグレビツチ氏がブラーツク開発を説明。氏は学生時代、党からの呼かけでコムソモール(党予備軍青年同盟)の一員として開発に参加、発電所の岩盤を砕く労働に従事。俳句それも芭蕉が好きといい、情熱をこめて話しかける。
シベリア、極東は全ソの人口で1割、資源で9割を占め、ソ連の発展はこの開発にかかつている。しかもその中心はイルクーツク州で、その第一線はブラーツクであるから、全ソの努力が傾注されている。
1966年の党大会でゴムリモール4万人の参加希望があつた。 1年間のテント生活と、フアシストといつて怖れ憎んだ蚊に攻められつつ建設に挺身(蚊はダムの底になつた)。私も子孫もシベリアに骨を埋める。また増加するシベリアツ子(ブラーツクは人口増加率世界一、長い冬がそうさせると説明)に期侍する。私共一同この先生の話に、酷寒の大地に挑む生命のたくましさに打たれ夕食に招いた。シベリアツ子はこのように呑むといい、ウオツカの乾杯々々である。少くとも私は水を混ぜ難を免れたが、当の先生は1時間でダウン。日木人の強さに驚いたであろうが、自衛措置であつたので教授よ許されよ。
ブラーツク木材コンビナートは、年増婦人はたてよこ判らぬ位肥つた人が多いが、ボリンスカヤ技師ほ30過のスラリとした美人で声も美しい。里心のつく時期の団員は争つて質問を浴せる。都度明快な数字がはね返へり、頭の良さも判る。レニングラード森林大学から前記コムソモールに参加した勇敢なエリートと後で聞いた。このパルプ工場は工員8千人その47%が女性。パルプ年40万トンを生産し、半分は漂白もので紙に、あとは未漂白でボール紙・ビスコース(人絹)・セロハン等に、副産物の飼料やテレピン油も製造。原木消費24時間約1万ミリ年約350万3。所要水量7m3/sec、水蒸力、1.500t/h。工場周囲4百キロの範囲から原木を集め、その7割はブラーツク海を筏で。伐木と運搬は別の企業が夏冬通しで、しかし夏は多く百万m3は貯木する。樹種は紅・エゾ・トド・カラ松と白樺、原木平均8.5m3でパルプ1トン(少々多いが何かの間違いかも知れない)。全工場を1975年で完成し、パルプ2百万トンになる。原木価格は10〜13ルーブルについている。森林蓄積約190m3
/ha、年平均成長1.8m3/ha。蓄積量は減らさず、成長に見合う伐木をする方針。皆伐方式であるが、幼稚木は残し植林。パルプ排水は3キロメートルの間で生物学的浄化装置を施し、更に60キロメートルの水路で空爆浄化して川に放流する。
3 シベリア開発と水利
バイカル湖は、標高2千メートルのバイカル山脈に囲まれ、長さ630キロ、巾25〜80キロ面積3,158km2(琵琶湖の50倍、北海道の約半分)、最深部1,621メートル、透明度40メートルの世界一で、336の河川が流入し、アンガラ河で流下しエニセイに合流する。鮭・鱒・錬・アザラシ等を含め120種が棲息、7割はここにしかいない魚種という。水量23兆m3、世界淡水資源の2割を占め、流人した河川が流出するまでに4百年を要するとソ連の学者が計算し、何にしろ世界一の調節力がある。
アンガラ河と水力発電は、アンガラの流量が最小最大1:6、つまり年中水が枯れないことと、バイカルからエニセイまでの落差約580メートルを利用し6ヵ所の発電所を計画。イルクーツクる65万kw、ブラーツク450万(エニセイ上流のクラスノヤルスクは600万kwで完成してるが、年発電景でほブラーツクが多く世界一)が完成、ウスチイリム450万工事中、ポグチヤヌイ400万等合計1500万kwH年700億kwに達する。
次にプラーツク発電所をやや詳細に。 1950年シベリア鉄道をタイシエフからプラーツクに分岐させ、イルクーツク発電所の完成した1955年から準備工事を始め、
1964年完成。直径7メートル、 22.5万kwHの発電機20基ズラリ並んでいる。北海道の総発電量の2.5倍、日本の水力発電の1/3弱年間244億kwである。ダムの高さは125メートル、廷長5.1キロ容積1.7万
m3うちコンクリート中空ダムは1.4キロ谷積0.5万 m3。貯水面積琵琶湖の約8倍、水量1.700億m3。ダムサイトはバイカルから7百キロ下ったパドウイン峡谷(早瀬)で、水面から80メートルの切立った崖の川中島がありコンクリートと土堰堤とを分けている。地質は最高の輝緑岩である。ついでに最近入手した原書から、アンガラ・エニセイ水系発電計画を転載する。全ソの理論包蔵水力は2/3がシベリアに、その大半はアンガラ・エニセイの水系である。石炭・石油の火力発電と併せ、シべリアに大工業地滞を実現しようとしている。
4 シベリア・極東の運輸交通
ソ連河川運輸省の管轄下にある東シべリア汽船運輸局のレポートをソ連で入手、
これにより東シベリア水運の概況を知り得る。
同局のサービスエリアはバイカル湖アンガラ・ウスチイリアム・ヒロクジ等各河川約4500キロ。この間イルクーツクとブラーツクに貯水池で深水路が出来、次のウスチ・イリムのダムも工事中であるから、エニセイからアンガラ大型航洋船を使用しうるのであろう。
第8次5ヵ年計画で、 1969年までに、旧式蒸汽船は全部デイーゼルにし、河川用600HPから湖水用1,320HPに至る近代化オートメ化した曳船を整備した。
600HPで乗員7〜8名、乾貨4〜5千トンを推進し、1万m3までの筏を曳船。1320HPは湖水で筏1万m3を時速6kmで曳船。艀は鋼製で河川用1200トン湖水用1,800トン積を建造し、曳船でなく推進型に改造した。輸送は発電所都市等建設資材、林業コンビナート等工業や大農地域への大量輸送であり、1969年約6百万トンで、
5ヵ年に168%の伸であった。大宗貨物は冶金・建設資材・木材で、うち木材は450万トンに達した。荷役のためには、デイーゼル電動浮クレーンを整備し、新らしい荷役技術例えば艀内大量貨物の残滓を機械で除去したり、コンテナー積の自動車結部の半自動把握装置や、梱包と積載技術の開発普及を行ない、全体として荷役機械化ほ99.5%に達し、平均荷役作業能力−昼夜3,623トンに高めた。港はブラーツク、スヴイルスク両港の建設と、イルクーツク港貨物区域の建設を開始。船舶荷役機械の造修基地をブラーツクに建設、同じくイルクーツクのものを大巾改善し、E・Mヤロフスキー造船所を近代化した。旅客船はデイーゼル化したものと、水中翼船を建造し時速百キロで水上と氷上も走らせる。以上の結果この5ヵ年で、プッシヤーボートは1万HP以上となり能力3割増、鋼製艀は3.5万トン以上で積載能力16%伸び、輸送用役の生産は筏曳船で20%、乾燥バラ荷輸送で58%生産増となり、この局の造修船その他の生産を含めると、5ヵ年目標を128%超過した。また船舶のリモコン化で、釜焚き・水夫など“魅力的でない専門職”を廃止し、8百人以上を節約、荷役の機械化と併せて労働生産性は55.6%増加し、利潤は25倍に達した。従って平均賃金は、筏作業で163→186、荷役作業で157→204ルーブルになった。
以上のレポートで或程度推察願えると思うが、昨年来春河川運輸省で発表した「河川運輸の方向」によると、河川運輸は“量から質に転換”とし欧露の壮大な水路網と今後の計画を示し、シベリア・極東の水運にも巨大かつ詳細な計画或いはシステム化を指向している。特に航洋船の海河湖の連絡、貨物荷役の強化、水中翼船と高級ガスタービン船の開発、
自動管理施設などの計画をあげている。また1970年からアムール河に原木3千m3積の本船を入れ直接日本に送り、
m3約7百円節約可能になった事が報ぜられている。しかしシベリア・極東の水運には多くの問題がある。河川屈曲、流形と水深の変化、長い凍結期間ど夏期の集中輸送、氷結による工作物の破壊、河口水深の維持等。また広く分布する資源、欧露で生産される消費財等を、概ね河川沿に数百キロ離れた拠点都市に、これらの輸送計画は、輸送密度の高い日本とは別の困難があろう。
シベリア鉄道は複雑化し、一部電化未完成のようであるが、 500メートル位の長大列車を編成している。都市内道路は広く歩道も10メートルはある。都市以外は交通量が少いためか2車線のアスフアルト。しかしスピードは必要とみえ、バスでも100km以上で突走る。都市内でもバス優先で、太い警笛に小型車は驚いて逃げる。個人はオートバイとサイドカーが多いのは自動車が高いため(日本の約4倍)であろうか。ブラーツク所見で歩道コンクリートベースの下に鉄筋を入れていたのは?であつた。航空はジエツト機が悠然と上下する広い飛行場、荷物や建物を釣り超高圧送電の建設に用いられる強力なへリコプター等、力を入れている事が判る。
以上、運輸交通事情のべつ見であるが、いわゆる生地であり、土地の国有等自由に開発と輸送の計画を立てうるであろうし、まだ輸送システム化は社会ヘ義体制下で単純に受け入れられる可能性がある。更にシベリア・ランドブリツジの積極的推進等国際競争への参加や、ソ連海運の強い動向が、米国海運界等の脅威にさえなりつつある。しかし、輸送基礎施設の建設単価や技術等我国業界の力に比較すれば大いに?がある。小樽港を訪れたソ連海運省の職員は埠頭建設費が安いと驚いており、ウランゲル港が日本の設計技術によつている事でも判る。
5 シベリア・極東の産業と輸送の動向
ソ連全土が大河川の網で覆われ、人口と産業が河川を利用して集積し、今後ともこの集積は進むと思はれる。一方資源の所在に従い、新らたに鉄道・道路の建設と開発が進むであろうが、輸送の大宗は矢張り水運であり、海運の関係からも水運を強化しなければならないであろう。また航空輸送も当然強化すべきものと考える。
ここで我々が注目すべきことは、資源の種類、量は勿論だが、むしろ資源による生産の動向と、資源ないし産品の我国との貿易あるいはその輸送の手段や動向であり、またその動向への我国の対策である。いま例をパルプとアルミにとれば、前記イルクーツク州だけの森林面積×年平均生長量×パルプ比率、即ち7,000万ha×1.8
m3 × 1/8.5(8.5m3はブラーツクの例)=1.482万トンのパルプで、昭和45年日本のパルプ換算約880万トンの生産を上廻る。アルミについては、前記の安い電力で安いインゴツトが得られる。パルプ、アルミ何づれも現在は共産圏内消費に向けられているが、これらが増産あるいはコストダウンし、我国との貿易対象になりはしないか。これらの動向をその他の全属、非金属等についても、かなり永い目で判断する必要がある。とに角、シベリア、極東に巨大な生産が起きる可能性がある。従つて、我国産業の在り方という問題も提起されるが、これは別問題としても、ソ連自体の物流計画として、かなり思切つた計画を立てる必要がある。巨大列車、大型トレーラー、大型船や大型艀、数多くのバージライン、夏期間の集中輸送対策、自然の困難を打破る特殊の方策、ジヤンボジェット機による輸送等、
これらの姿は当然わが国にも及ぶと考えねばならない。例えばアムール河にラツシュ船を入れるなら、最適の荷役形態を得ると思われるが、この受入を我国で考えるのには早過ぎるかどうか。
む す び
シベリア、極東開発の問題は、勿論資本・技術(レベルより指導層の厚さ)の問題もあるが、結論的には輸送と労働に集約される
と思はれる。輸送施設は先行の要があり、労働は労働力不足の他に体制上の制約条件があるからである。この二つの問題の背景は、広さ寒さ人種の多種と社会体制である。いい例はアンガラ河で流送する原木がブラーツクの工場にm310〜13ルーブルで到着(日本と比し高くついている)するのは、輸送に占める労働費が、週5日1日6時間、最低賃金確保という体制や−55℃という寒さ等から生まれていることである。工場は自動化しても、原材料輸送の生産性に問題が残る。これを如何なる手段でカバーするか、これが今後の生産と貿易の動向を左右する。勿論計画経済の中でブールし、原価が高くついても量が余れば売りに出すことは考えられるが。そこでソ連に勧めたいのは、一つは労働確保の手段として、日本から消費財を安く買い入れ、安く供給し消費生活を豊かにすることである(ソ連が高く供給してるのは逆と考える)、
関税障壁等があるのかも知れないが。また日本で輸入品が中間マージンのために高くなつているのも、意味は異なるが結果は同じ。日本の水産行政を変更しても安いソ連産昆布等を買うべきであると思うし、真の意味の生産分業を相互に考える必要がある)。もうーつは日本の建設技術を大巾に取入れ、安く早くそれも思切つて輸送基礎施設を建設することである。しかかして、日本としてもソ連の動向を踏まえて、生産分業や互恵の立場で産業を開発し、特に日本海沿岸の開発を進め、ソ連の技術や事情の許さない面の産業を分担し、輸送面ではソ連の輸送に対応し、特に夏期間の日本海沿岸への集中輸送に対する施設計画が必要である。
シベリアひと口メモ
(物価) 必需品は安く、以外は菓子でも高い。TV白黒12〜16万円位。
(悠長) 百坪位の、それも壁沿いに並ぶ品物、それなのにレジが4台も。ソロバン凄く大 きく30ミリ角、太い玉を左右に。人も大地も悠久といいたげに悠然と待つ人々。
(人情) 漸く入手した酒もあつさり飲ませ。写真にはにかむ娘。何杯も持参する紅茶。
(食事) 実質的。混りつ気なし。佳し。
(愛国心) 国辱になる写真をとる外人は、市民から写真機を取上げられる事あり。
(テレビ、映画) テレビ白黒真面目放映。映画は欧米ものをそのまま。 2百円位、朝から。(学生) 結婚しないのがおかしい。食事簡単、洗濯3日毎国営。住宅只みたい。
(出牛率) シベリアとスラヴ人以外高し。
(婦人) マニキユア、カツラ、付マツゲ、膝上10ミリ位のミニ、銀座娘と間違う位。
(男性) 飲むのに忙しいか、婦人の為か、飾らない。長髪族カニ族見当らず。
(別荘) 7千円位で2百坪位近郊に永久に土地を借り、手造りの家を建てている。
(理髪) 鏡なし、洗面台の前普通の椅子。金の櫛と鉄を鳴らしリズムカルに。分け目がうまく行かないと鉄で溝を掘る。 20分で了。
(筆者は小樽市港湾部次長)
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