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ストラスブールからの新しい風

北海道釧路土木現行所
佐々木  朗

はじめに

ストラスブールは、パリから東400km、ドイツとの国境に位置するアルザス地方の中心都市である。(図−1)かつてこの都市は、幾度かドイツ領シュトラスブルクだったことがあり、イル川の本流と支流に囲まれた中心市街地にはゴシック建築のノートルダム大聖堂や世界遺産となっている旧市街地(1988年登録)など、ドイツ文化の名残が今も残されている。(図−2)

現在ではフランス第6の都市で人口は約25万5千人、周辺27の市町村で構成されるストラスプール広域共同体(総人口45万5千人)の中枢都市であるばかりではなく、EUの欧州議会の本会議場など欧州レベルの国際機関を多数擁するなど、様々な分野で重要な役割を果たしている。


自動車交通が都市をむしばむ

1988年実施した交通実態調査によれば、広域共同体圏域では約100万人の移動者があり、交通機関の分担は74%が自家用車、バスなど公共交通が11%、自転車その他が15%であった。そのうち自動車交通については、ストラスブールの中心市街地において約24万台の車が通過しており、10年間で20%増加したことがわかった。

これは、都心道路網の許容限度を超えるものであった

都市内の平均旅行速度は14.8KM/Hまで低下し自動車利用者の時間ロスが発生しただけではなく、歩行者、自転車利用者をも圧迫した。

人々にとって、猛烈な自動車交通を避け、道路や車道に駐車している車両を避けて道路を横断することは大変な危険な賭であった。(写真−1)

そして、さらに大きな問題が発生した。

クレベール広場付近の道路(交通量が約5万台/日)で、世界健康機構で規定されている最大許容値の2倍に迫る56〓/m3もの二酸化炭素量が計測された。それはその場所だけに限ったものではなく、しかも1年間のうち約70日間記録された。

その他、自動車騒音、粉塵などの汚染についても街中、1日中続き、都心に居住している約1万3千人もの人間と歴史的に貴重な建物を苦しめた。(写真−2)


都市空間は誰のもの

1992年、新しい都市内交通政策がスタートした。その主たる柱は中心部の通過交通を排除することであった。実際、たとえばクレベール広場では自動車交通量のうち約半分が通過するだけで都心に移動する目的をもっていなかった。

そのことは公共空間内での様々な移動の手段の位置づけを再定義するものであり、自動車に対して与えられていた空間を制限し、公共交通、歩行者及び自転車の分担を高めるものであった。

具体的には、都市環状道路の整備に伴い都心南北方向の自動車の進入を禁止し、4つのアクセスループと駐車施設により都心に目的を持って進入してくる人のみ誘導するものである。そのため、1500台分の駐車スペースが新しくつくられ、さらに1995年までに1300台分が追加された。(図−3)この結果、それまで都心部全体に進入していた24万台の自動車が約4万台減少し、特に歴史的街並保存地区(大聖堂地区とプチフランス地区)からは約2万5千台の自動車が排除された。

また、自動車の進入禁止によって得られた空間は中心市街地の大きな広場とともに再構築され、歩行者空間が大幅に増加した。

駅前広場では毎日3万5千人もの歩行者が地下横断施設を利用しなければ道路を横断できなかったが、自動車交通が再整理され地上での歩行者の権利が大幅に拡大された。(写真−3)

一方、クレベール広場では1日約5万台もの自動車交通を遮断し、グランドアーケード通、フランクボルグ通などとともに2.8ヘクタールの歩行者専用区域を構成することとなった。(写真−4、5)そして、すでに歩行者専用区域となっている2つの歴史的街並保存地区の連結軸としても位置づけられた。

また、幹線道路の交差点であり路上駐車であふれていたオムデュフェール広場では、駐車場を地下化することにより、また、道路をアクセスループに限定する(1車線、一方通行)ことにより大きな空間が確保され、さらに独特なストリートファニチュアにより中心市街地のシンボルとなった。(写真−6)


公共交通の復権

1989年、新しい交通政策の中核として地下鉄ではなくトラムを導入することが政治決定された。路面電車が採用されたのは、単に技術上、財政上の理由からではなく、公共空間そのものの再認識、再定義するという市民レベルの意識改革のツールとして有効であったためだと考えられる。

車道は狭められトラムの軌道へと変化するとともに舗装、植樹、ストリートファニチュアなどにより新しい公共空間が創出された。

都心中心部のフランクボルグ通など約600mはトランジットモールとして整備され、トラムと歩行者、自転車交通が共存する空間となった。(写真−7)

再生された広場は人間とトラムとが見事に調和、共存し、野外市や各種イベント・展覧会などが開催され多くの人を引きつけることとなった。

北部郊外部オートピエール地区では歩道空間が全くなかったが、自動車空間を制限しトラムを導入するとともに歩道を設置した。また、住宅地であることを考慮して景観に配慮し軌道敷を芝生化した。(写真−8)

このように市民は公共交通と自らの優位性の復活を目で見て、実際に体験して意識することとなる。

1994年11月、トラムA線の運行が開始された。全延長は12.6kmでストラスプール市内西部地区(オートピエール)とイルキッシュ市(南の終点)とを結ぶものであった。沿線には10万5千人が居住しており6万5千人の雇用人口を22の停留所でカバーするものである。(図−4)

運行時間は4時30分から0時30分までで、ラッシュ時は4分間隔で運行された。また、運行速度は沿線地域により25〜60km/時であるが、専用軌道でしかも交差点でのトラム優先が徹底しているのでその定時性が保たれている。(表定速度は21km/時)1編成あたり約300人(座席は66人分)の乗客を移動させることができる。

さらに、トラムの停車駅を中心として、自動車交通との連携がはかられた。それは、第1にバス路線の強化であり、第2にはパークアンドライドの整備である。

1992年、286のバス路線があったが、1994年には306路線へ拡大され、運行本数についても30%アップされた。(写真−9)

また、トラムA線と幹線道路との交点にあたる3停留所について大規模な自動車駐車場を設置し、自家用車とトラムとの乗り換え利用を推進した。15フラン(約300円)の定額料金で何時間でも駐車でき、車に乗ってきた全員が都心までの往復切符をもらえるシステムを導入した。(写真−10)

この結果、トラム利用者は当初予測値(5万人/日)を大きく上回り、1日7万人を記録し、また、公共交通による移動者は1990年の1.43倍、年間4300万人を突破するに至っている。


公共交通のイメージアップ

トラムは移動手段としての機能のみ優れているわけではない。

公共交通のイメージアップという課題に対して、そのデザインが入念に検討された。

全面低床なので、体の不自由な人、お年寄りにも利用しやすく、乳母車を押しての乗降車も簡単であり、車両内部にも段差がないので車内の移動もスムーズである。(写真−11)また、乗客の乗り心地に対して十分に配慮しており、ゆったりとした座席、体を支える多くの設備、空調や停車場名音声アナウンスなどが設置されている。(写真−12)

車両のデザインについても斬新的である。丸みを帯びた車体はメタリックカラー塗装されガラスの部分を大きくとってあるので車両はまさしく透明そのもの。乗客は街の風景のパノラマを楽しめる。(写真−13)


トラム〜比類のない都市整備のツール

1997年、再び交通実体調査が実施され、広域共同体内での移動が10年間で26%増加したことが判明した。この増加分の半分が人口増加によるもので残り半分が移動性の高まりが原因である。また、乗り物を使った移動ののびがもっとも大きく(54%増)、そのうちの76%が自動車交通によるものであった。しかし、新しい都市交通政策の中核となっている都心とトラムの影響圏では、自動車交通が激減し公共交通にシフトされていることが明らかであった。一方、歩行者優先政策により歩行者がこれまで以上に都心に集ま
るようになるという大きな成果を上げている。(推定で20%以上の増加)1998年、トラムB線の建設が始まった。(2000年末の開業予定)

乗降客数は約8万人が見込まれている。全長12.2kmで、市内を東西に横断して郊外地域と都心とを連絡し、さらに都市で分岐して東は大学へ、北は広域共同体に属する3市(シュッティハイム、ビッシュハイム、ウンナイム)へと向かう。停留場は24で、沿線の10万8千人の居住人口と6万7千人の雇用人口をカバーする。(図−5)

また、A線と同様に沿線バス路線の見直しと2700台分のパークアンドライド駐車場の設置が検討されている。A線におけるパークアンドライドの有効性にもとづくものである。(利用者の90%が以前は都心部に駐車していたという調査結果がでた)

また、トラムA線のうち乗降客の多い区間についてトラムD線として折り返し運転を開始した。その運行頻度は最短で3分未満に1本となっている。

1999年、都心部北側運河沿いの道路について東西の通過交通を禁止した。どこでも自由に通行できるのはバスだけである。


21世紀にむかって

ストラスプール広域共同体は、2010年を目標に35kmのトラム路線計画を策定した。鉄道や交通量の多い道路へ乗り入れも検討されている。

トラムは都心の拠点を接続し、移動を容易にして、自動車交通の抑制、公共空間の人間への解放、そして、21世紀の「まちづくり」を推進していくこととなる。


ふらんす・ふらりん視察団の訪問(写真−14)

日 時: 1999年4月16日 13時〜
場 所: ストラスプール広域共同体会議室
担当者: ストラスプール広域共同体 Martine Hoffmann
視察団: 佐々木朗、野田秀樹(北海道都市環境課)、内藤洋(北海道総合企画部)、後藤純児(旭川市)、朝倉正純(江別市)、近藤秀樹(JR北海道)
質疑応答:

  1. トラムの建設費について
  1. トラムの運営状況について
  1. 都心から自動車交通を排除する政策について
  1. トラムの車体のデザインについて
  1. トラム運行にあたっての雪対策について


むすび

時差ボケを感じながらストラスブール空港に着いて「さて市街への連絡バスは」とバスストップをようやく見つけてまず驚いた。

市内へ直接連絡するバスがないのだ。バスは最寄りのトラム駅まで連絡するのみ。

必然的にトラムを利用するしかないのだが、バス+トラム料金が25フランと、これまた安いのに驚いた。

ストラスブールのトラム政策は自動車交通の抑制政策である。そして、それは日本と違い都心居住者が多いこの都市にとって環境政策だと思う。

近代的なトラムの車体は、都市景観上、主張しすぎて、この街には合わないように感じた。「ふらんす・ふらりん視察」から約1年が過ぎようとしている。

別の機会があれば紹介したいと思っている。

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