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小樽駅前の再開発事業について

山 田  藤 夫

 小樽市の駅前再開発事業は,昭和40年に実施された「市街地密集地区調査」に端を発し,近年の都市化の進展とモータリーゼーションの急速な発展による道路網の整備の急務に伴い, 自然発生的に形成されて来た駅前商店街を初めとする市内の各商店街は,再開発近代化を強力に推進しなければならない時期を迎えていたところであります。
 これらの問題に対処し, 公共施設の整備等総合的に処理するため「小樽市総合計画」を樹立するなど, こうした計画を契機として港湾商業都市小樽の表玄関であり,かつ本市として交通の一大接点、となっている駅前地区にその機運が高まり, 昭和44年6月都市再開発法の施行をみると同時に,全国でその第1号としての指定を受け実施に入ったところであります。駅前地区の新しい街づくりは,特に港湾地区機能との関連及び都市部との構造計画を前提とした計画の必要があり.加えてその計画実施にあたっては地方自治体の行財政上の問題, 事業の採算性(キイテナント進出の可能性を含む), さらには公共施設の確保(特に駅前広場の拡張),権利変換後の権利者対策など幾冬の困難性があるなかでその実施にふみきったところであります。
 また駅前地区市街地再開発事業に対する全市的要請は, 再開発による新しい商店街が市内主要商店街の近代化を促進する刺激となってほしいこと,及び本市の経済伸長率が札幌市を含めた発展途上の各市のそれに比較して低い状態が続いているため,本市商業活動の一層の発展をとげるための起爆剤であってほしいことなどをあげることができます。
 したがって既存商店街の消極的経営ムードを打破し,積極的投資と経営意識の再開発によって,消費者をひきつける魅力ある商店街づくりを目指し.新しい商業都市への脱皮と同時に駅前広場の拡張を中心とした都市計画街路等公共施設の整備拡充を行い,近代都市としての機能を十分発揮できるよう期待されたところであります。
 以下本市の駅前地区市街地再開発事業の上位計画, 事業計画の概要, 権利者説得, 権利変換計画の作成及び工事着工から竣功に至るまでの問題点などについて述べることにします。

 

1 上位計画
 本再開発事業計画の前提となる上位計画としては,昭和42年東大井上研究室担当の小樽市総合都市計画を初めとし, 昭和43年小樽駅前関連交通量調査さらには同年北大太田研究室担当による小樽市駅前地区再開発計画策定のための基礎計画策定を行い, これに基づき現況調査と分析を試みるため,小樽市及び周辺地区(後背地の後志支庁管内)の購買動向調査を行い, 小樽市商圏の現状と各圏域での購買特性を把握し,小樽商業力の実情と将来予測を図ったところであります。
 また歩行量調査として駅前地区一帯, さらに市内商業の核と目される地域の歩行者量の実測を行い. 歩行動線と街路機能の把握を試みたわけであります。
 さらにはこれらの基礎調査資料を前提として, 昭和46年度に,学識経験者等(5名)で構成する小樽駅前再開発プロジェクトチームを組織化し,同チームの協力を得て課題として地方自治体施行という事業の性格, 商業都市としての地盤沈下とその原因, 市内商店街全般との調和の配慮, 及び全国的に革新されつつある新しい街づくりの方向等について討議がかわされ, 小樽駅前地区の将来のあるべき姿についてその提案を受けたところであります。 この結果として同チームから

(1) 都市再開に併せて整備される新しい商業システムは,いうまでもなく顧客欲求の満足 という共通点にたって再統合されるものであること。
(2) 全市的都市機能の浮上に効果的な機能構成であること。
(3) 駅前の三つのビルは個々バラバラにではなく,相互に有機的関連性をもつ機能構成であること。
(4) 造成地区のロケーションに適合し. その特性をフルに生かし得ること。
(5) 駅前ショピングエリアは, 一方において後志管内の機能構成たると同時に, 他方において札幌の都市力の波及性に対応する広域的にして慎重な認識が必要条件であること。
(6) 以上の如きいわば複合的機能構成を統一調和せしめ, 創造性のある造形(建築)的処理が行われること。

 以上の計画素材としての機能構成を総括し,第1ビルはその立地条件からトラベルサービスを主体とし, 第2ビルは都市商業との連たんにおいて計画的ショピングゾーン. 第3ビルはアミューズメント及びソシァリティーの機能を主体とする,ことなどを骨子とする詳細な小樽駅前地区の再開発事業に関する提案がなされた。
 以上の上位計画の基に事業計画が策定されたものであり, このほか住宅対策として,第1ビルの5階〜9階に合併施行による住宅地区改良法に基づく改良住宅50戸の建設, 第2ビルの5階〜7階に分譲住宅36戸を建設するという計画概要が確定されたものであります。

2 事業計画の概要
 地域の現況と事業計画の概要は下欄及び次ぺージのとうりであります。

3 権利者説得等における問題点
 
地元組織としては, 昭和43年当初三つの街区毎に協議会が組織化されておりましたが,都市計画決定前に当初予定した再開発区域5.7haを権利関係の調整,資金計画等の問題から2.8haに縮少せざるを得なくなり, これが縮少に伴いその権利者組織の一部は自然的解消という形となりました。
 以後, 地元権利者に対する説得等については,施行者の積極的な説明会の開催及び個別訪門等により理解と協力を求めたものであります。さらに本市の再開発事業は必然的に駅前地区という性格から, 商店街再開発に重点がおかれたため, 権利者, 審査委員, 施行者の三者による旧法に基づく市街地改造事業により建築された先進都市である札幌をはじめとし,本州の各都市の市街地改造ビルを積極的に視察し, 実際に目でみた体験の中からその説得と理解促進に努めたのであります。
 このほか「新しい街づくり再開発ニュース」の発行, パンフレット等がその主体となりましたが,再開発とは街の体質改善を図ると同時に居住環境の変更であり,権利者は住みなれたものへの愛着がすてきれず常に不安と抵抗を感じて, 商店街再開発でも共通にきかれる次の問題が権利者から提起されました。

(1) 現状のままでも生活できるのだから, 今さら面倒なことはしないでほしい。
(2) ビル化に伴い将来自分が拡張計画をたてることができない。
(3) 店舗と住宅が分離されて不便となる。
(4) ビルの共益費を支払っては商売の採算があわない。
(5) ビルに入居して商売が失敗したらだれが責任をとるのか。

等,特に権利者構成が高年令や婦人の場合にその不安は顕著であり,本事業の周知と地区住民の理解は本事業に従事する職員の知識説得力に相まつところが大でありますが, 何といっても「人対人」の信頼関係が何ものにも優るものであると思料されます。

 

4 権利変換計画作成にあたつての問題点
 権利変換計画の作成にあたって先ず問題とされたことは,

(1) 従前資産価格の評価であり, これに加え権利割合の問題である。借地権, 借家権割合をいかように権利者との話し合いの中で解決するか。特に借家権の対価は都市再開発法の施行通達において初めて控除方式が示され, 過去においてその例がなくそれぞれの地方都市の事情を勘案して決定するものであって, この権利割合の決定が大きな問題であった。結果として, 審査会の議を得て双方合意の出来ないものについては,土地については底地権4地上権6(借家人のある場合建物所有者3借家人3), 建物については, 所有者5借家人5という割合を決定した。
(2) 従前使用面積の確保ということから, 等価交換でなく等床交換の要求が強いこと。
(3) 上記要求に伴う新ビルの権利床価額の決定をどうするか(権利者優遇措置として建築原価の85%相当額とした)。
(4) 新ビル入居希望者の借家人対策として,再開発を契機として従前家主と在来の借家継続を切って独立入居させる場合(法的には法第71条第3項の規定による申し出させる), 権利変換を希望する土地建物所有者との新ビル価額の調整。
(5) 権利者(上記借家人の入居希望者含む)が,増床を要求する場合の床価額の決定の問題。
(6) 配置計画に伴う照応の原則の要求に対する処理。
(7) 権利者への融資制度の確立(利子補給含む)。
(8) 新ビル取得者に対する固定資産税の軽減措置。等があげられこれが解決策としては権利変換計画の縦覧にあたっては,事前に仮縦覧という形で2〜3回縦覧に供し, あらかじめ権利者の主張及びその考え方を確認し, これに修正を加え本縦覧に供する配慮が必要であると思料されます。

5 工事着手から竣功までの問題点
 
昭和47年3月3l日, もめにもめ抜いた権利変換計画が確定し,いよいよ新ビルの建設に着手したのであります。第1ビルは昭和47年8月着工, 昭和49年3月竣功,第2ビルは昭和48年11月着工,昭和50年3月竣功, 第3ビルは昭和50年8月着工,昭和51年10月竣功をもって全事業を完了することとなりました。権利変換計画決定後幾多の難問題が次から次へとおこり, その度に小樽市全体の問題としてクローズアッブされたところであります。
 問題となった主な事項を列記いたしますと,

(1) 権利変換計画決定時に残された権利未調整の解決(民事訴訟2件, 行政不服審査請求2件,土地収用2件)。
(2) 既存商店街と大型店出店に対するトラブルの解決
(キイテナント第1ビル紀伊国屋, 第2ビル長崎屋, 第3ビル小樽国際ホテル)。
(3) 建物の区分所有等に関する法律に基づく共用部分の管理を有する会社の設立(各ビル の共用部分の維持管理等)。
(4) 地下道建設中止による第1ビル地下街改造。
(5) 駅前広場拡張による国鉄協議(費用負担)
(6) 公共事業との合併施行(国道改良事業, 街路事業, 改良住宅,分譲住宅, 公共駐車場, 市営体育施設(温水プール))。
(7) 狂乱物価のあおりを受けた後仕末(スライド条項の適用)c

 以上のような, 極めて広範囲な, また対人的な業務を積み重ねて参りました。項日的に見ますといずれも当然のことでありますが,いかに市街地再開発事業が難事業であるかを痛感するとともに,市街地再開発事業が怪物であるということを再認識した次第であります。

 

6 再開発事業に思う
 
8年という多くの期間を要し厳しい経験を踏まえ幾多の反省が生れたところであります。事業計画の重要さは勿論のことでありますが, 何といっても事業推進の根元は, 基盤となる人間関係と事業担当者のチームワークにほかならないのでなかろうか。
 再開発事業は人間開発に始まって人間開発に終るといっても過言ではあるまい。

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