有珠山の噴火に思う

      有珠山が23年ぶりの噴火をしている。噴火は3月31日だったが付近一帯に避難勧告が出たのは29日だった。実はウチの親子三人は春休みということで、28日に洞爺湖温泉に泊まりにいっていたのだ。
 札幌を出たのは28日の昼前。天気が良くないことは予報で分かっていたが火山性地震のことは知らなかった。午後2時頃に「洞爺サンパレス」という波の出るプールやらウォータースライダーやらの子供が喜ぶ遊園地プールと、自称「宇宙一大浴場」という温泉のある大きなホテルにチェックインした。
 周りの客の会話で「地震があったってさ」というようなのを小耳にはさんだが、とりあえずは家族サービスということでプールや温泉で遊んでいた。その時は気づかなかったが、部屋に戻ってテレビのニュースを見ると有珠山周辺で火山性地震が起きているという。5時頃、広いレストランで夕食バイキングを食べていると、確かにときおり軽い地震を感じた。ウェイトレスのおねえさんに「大丈夫?」と聞くと、「ここは頑丈に作ってありますから」とのにこやかな返事。この洞爺湖温泉は23年前の噴火で手痛い被害にあっているので、防災の方も気は使っているのだろうなと思い、あまり気にすることなく部屋に戻った。
 テレビのニュースもそれからは差し迫ったことは伝えていない。洞爺湖温泉地区も、もしもの時は鉄筋の建物に避難するようにというような報道だったので、「ここが避難所か」と思ったくらいだった。ホテルからは一切のインフォメーションはなく、「明日は早く帰ろう」というくらいで、また温泉にはいったりしてのんびりしていた。
 ところがいざベッドに入って寝ようとすると、気配がいつもと違う。なんか落ち着かないのだ。火山性地震というのは一時間に一回あるかないかというくらいで、それも1-2秒の微振動のクレッシェンドの後に一発ズンと来る淡泊な感じで震度もせいぜい1の半分くらいだろうか、グラグラ揺れるのと比べると軽く咳をしている感じで恐怖感はなかったが、それとは違う地鳴りのようなものが不気味だった。火山性地震と共に低周波地震というのも起きていたというので、それがそうだったのかもしれないが、耳で感じたり、体で感じるのではなく、遠くの山のうなりを何か別の感覚で感じているようだったのだ。
 東京の友人に「ちょっと今有珠山噴火しそうなの知ってる?今そこにいるんだよ」などと電話したりして、けっこう面白がっていたし、こんな経験めったに出来ないと成りゆきに興味津々だったが、やはり無意識のところでは恐怖感があったのだろう、なかなか寝付けなかった。山がいびきをかいているような振動を遠くで感じ、たまに咳のような揺れが来て、本当に山が生きているように感じた。 これが欧米人だったら今すぐにここを立ち去るだろうに、どうして自分たちはまだここにいるのだろうと思いながらも大自然の営みのハレの日に立ち会っているようで、少しワクワクし、少しドキドキしながら、半分くらいは寝ていたかもしれないが、一夜を明かした。
 朝食の時にこれまでで一番強い揺れを感じた。でも震度でいえば1くらいだったろう。さすがのホテル従業員もひそひそと地震の話をしている。もともと9時には帰る予定だったが8時半にチェックアウトして車を走らせ札幌に向かった。
 洞爺湖畔を走っていると見晴らしの良いところにテレビ局の中継車が止まっている。来るときにはなかったから夕べのうちか今朝来たのだろう。パトカーも行ったり来たりでだんだん緊迫したものを感じてカーラジオをつけると、時折入る地震速報の震度の数字が上がってきた。札幌圏へ入る中山峠を越えたあたりで震度が3になったようだ。
 その後は報道にあるとおりで、ローカルニュースだった話題がその日のうちに全国ニュースのトップになっていき、洞爺湖温泉にも避難勧告が出て我々の後の客は宿泊が出来なくなった。とりあえず我々は噴火前の最後の客となったわけで、今後の展開次第では20世紀最後の客になるかもしれない。
 そんな体験をしたので、今回の有珠山の噴火はすごく身近な出来事となった。31日に噴火したとのニュースを聞いたときは車の運転をしていたが、ちょっとこみ上げてくるものがあって感動してしまった。涙が出たのだ。避難した人達の苦労を考えると不謹慎かもしれないが、自分はあの低周波に同調したのかもしれない。あの山のうめきが忘れられず、山が思いをとげたような感じがしたのだ。精神科医の加藤清先生が阪神大震災を体験した直後に新聞社からコメントを求められ「地震よありがとう」と言ったことを思い出した。
 新聞と言えば噴火を報道する記事を見ていたら「山の怒り」という見出しを見つけた。とんでもない、山は怒ってなんかいない。ただ生きているだけだ。人間のことなんか気にもしていないし、いじめるつもりもないだろう。ただ「山が怒っている」ととらえるのは間違えではない。怒らせないために「何か間違ったことをしていないだろうか」とわが身を振り返り、「これがいけなかったのでは」と生活態度をあらためようとするならば、山は怒ったことになる。そうやって先人達は過酷な自然と自分たちの生活の折り合いをつけながら神話を作り信仰を練り上げてきた。そのようなフォローがなく、ただ「山の怒り」と書かれたので気になったのだが、それでもそんなフレーズが出てくるのはまだ無意識に日本人の中に自然信仰が生きている証かもしれないとも思う。
 今度の噴火では虻田町に住む友人も家を空けて避難しているが、天災ということで今のところさばさばしていた。火山から1.5キロしか離れていない温泉街の方がその存在は異常だし、何度も噴火を繰り返しているそばに住むのはリスクを覚悟しなければならないだろう。今回は火山の噴火予知が初めて成功した例になるそうで、おかげでうちの一家も無事だったわけだが、正確な予知以上のことは望めないわけなのだから、これをきっかけにもっともっと自然を畏れて自然信仰やアニミズムが復活してほしいものだと思った。
(4/2 三上敏視)

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