バリ島ガムラン録音同行記 その3
さて、前夜のアラクが残る少し二日酔いの4日目の朝。細野さんは11時頃のモーニングコールだが、自分はいつものように7時には目が覚めて朝食で鳥居さん達と打ち合わせたりだべったり。ビュッフェスタイルの朝食だが、こじんまりしたホテルなのであまりチョイスがない。焼きめし、焼きそば、焼きビーフンが日替わりである他は卵料理にパンにシリアルにフルーツといったシンプルさ。長逗留の我々はだいたい使うテーブルも決まってきて、スタッフが入れ替わり立ち替わり座るという感じ。今日は今回の録音の本命で鳥居さんが長い間やりたかったGong Geladagの録音なので話も弾む。
20年近く前に初めてバリに来て、帰りに100本くらいのガムランのテープを買って帰ったのだけど、その時に一番音が素晴らしかったのがこのGong Geladagだったのだそうだ。当時始まったガムランコンテストで常に一位二位を争っていたグループなのだが、諸事情で長く表舞台に出ていなかったという。身内に不幸があったりしたら演奏しないというようなしきたりを頑固に守っているようだ。このあたりは日本の神楽にも見受けられるしきたりである。
それが最近復活してきたという情報を得た鳥居さんが、全身全霊をかたむけて実現にこぎつけたのがこの企画なので、今日は特別の日である。長老にすごいかっこいいおじいさんがいるので今日は是非細野さんとツーショットで写真を撮りたいという話から、それなら細野さんにも正装してもらおうという話に本人抜きで盛り上がる。もんです、こういう時は。
モーニングコールをしたら細野さんはまだ寝ていたが、さもありなん。部屋に行ってみたら25枚もの原稿の校正を朝までやっていたのだ。東京で片づかずにバリに持ってきた仕事で、ミディアムのヒロシマ君からは朝、僕の部屋に「今日中に欲しいのですが、そちらはfax料金が高いようなので、ミカミさん、電話で口頭で御願いします」という電話が入っていたのだ。
これは坂本教授が今度出すムック本での、教授が細野さんにインタビューしたものの原稿で、細野さんが手を入れているのだが、これが書き下ろしと同じくらい神経を使う校正で、これは徹夜にもなるわ、という内容。「電話じゃ無理だよ、ミカミ君」「でもfax一枚1000円くらいって言ってましたよ」「そうかあ、そりゃ高いな」「デジカメで写真にとってメールで送るってのはどうでしょう」「それやってみるか」などとコーヒー飲みながら試してみたのだが、メールで送るのは容量的には大丈夫だが、一枚一枚を取り込んで軽くする作業が大変だということになった。皆川さんが「たしか1枚500円くらいで送れたと思いますよ」という言葉で「faxにしよう」ということになった。しかし500円は約35000ルピアである。ディナーが食べれる料金だ。ディナー25回分である。
なんだかんだでその後もfaxにはいろいろあったが、とにかくホテルに頼んで皆川さんと三人で近くに買い物に出る。細野さんの正装用の服を買うのだ。皆川さんがいれば値切り交渉も安心。細野さんは正装のアイデアに少したじろいだが、とにかく買うだけ買いましょう、ということになって店を探した。ウブドの観光地なので正装用の服を売っている店は少ないが、そこそこ安く服を買うことが出来た。帰りがてら近くで昼食をとり、少し休んでから現場に向かう。
今回も着いた時は撮影が終わった頃で講堂の中で楽器のセッティングをしていた。おお、うわさの長老が、まさに長老の風格でいらっしゃるではないか。他にも長老的な人が何人かいて、メインは壮年、そして若いメンバーもいて「現在伝承中」のグループのようである。
実際に聞いてみるまではこのグループの音の良さというのがイメージできなかったのだが、確かに他のグループとは違う「響き」があった。ガムランは対になっている楽器の音程を微妙にずらしてあり、「うなり」が出るようにチューニングされているのだが、これがいくつもあって、しかも金属楽器なのでやたらに倍音も出る。この倍音の混沌としたサウンドが魅力でもあるわけだが、このグループはそれがある瞬間、きれいにまとまってみたり、またちらばってみたりという感じなのだ。楽器の良さと、絶妙なアンサンブルのヒミツがどこかにあるのだろう。これはライナーに書かれるであろう皆川さんの解説を待ちたい。
カメラマンの小原さんもえらくこのGong Geladagというグループが気に入ったようで、「もう一度、村のお寺で写真を撮らせてもらえないだろうか」と提案する。このサウンドにつり合う写真を撮るには、学校の校庭では物足りないと思ったようで、後日再撮影が決まった。
録音は録りなおしが何回かあったがほぼ順調に進む。この日に限らずここでの録音は外のノイズを防げないので、演奏が終わってからのしばらくの静かな間に神経を使った。夜になると虫の音が大きくなるし、時には鶏が哭き犬が吠える。まだ自然の音なら良いが、バイクやトラックも時たま近くを走るので、運任せのところがある。飛行機が気になったときもあった。イスラムのコーランのような歌が遠くから聞こえてきて困っていたところ、よく聞いてみるとバリのお祭りの音だということがわかり、「同じ宗教ならいいか」と納得したときもあった。実際にノイズが入ったかどうかはわからないが、現場にいるといろいろ気になり、犬を追い払うために広い校庭を走り回ったこともあった。
演奏によっては終わったとたんにコケコッコーと鶏がタイミング良く鳴いたときもあった、「バリの動物はけっこうガムランを聞いているんですよね」と鳥居さん。確かに反応しているようだった。
この日の夜はbounceの取材も兼ねて、かなり有名なウブドのARMAというレストランへ行く。「酔っぱらったアヒルがどうしたこうした」という料理があったのでそれを頼んでみたが、なんか鳥がらの唐揚げのような感じだった。メニューの中で一番高いお薦め料理のようだが、ちよっと拍子抜けした。他にアヒル料理がないので「もも肉とかはどこへ行ったんだ」と疑問がわいた。
ホテルへ戻るとちょうど他のスタッフも帰ってきていて、プールサイドで飲みましょうということになり、各自持ち寄りで飲む。雨が降ってきたが、鳥居さんと袴田君が泳ぎ始める。このホテルの夜のプールは気持ちがいい。僕も少し泳いでから部屋に帰った。明日は満月である。
5日目の昼は、景色のいいレストランへ行きましょうという皆川さんの案内で渓谷にある「クプクプバロン」という高級店へ行った。もともとレストランだけだったところに、あとからホテルも作ったところなのだが、駐車スペースが狭いので大型バスが来ないから静かでいいと皆川さんが言っていた。ところがなんとバスが狭い道に路上駐車しているではないか。「こんなはずでは」と思いつつ中に入ったらちょうど日本人の団体が食事が終わって出てきたところだった。「すれ違いで良かったですねえ」。穴場がどんどんなくなるバリとなっているようだ。
この渓谷沿いには有名なホテル「アマンダリ」もあり、確かに景色がいい。対岸の斜面がよくバリの絵にあるモチーフそのもので、まさに「絵に描いたような」景色だった。ここではナシ・チャンプルをとったのだが、やたらにおかずが多く、サテまで出てきて食べきれない。こりゃ欧米人向きのボリュームですね、などと言っていたのだが、欧米人も残していたようだ。しかし、ここのサテの鶏肉は旨かった。だいたいバリの鶏を食べつけたら日本のブロイラーは食べられなくなるだろう。このホテルの静けさもホソノさんは気に入ったようで「今度来ようかな」と言っていた。新婚が多そうだという話になると、「ちょっワケありの父と娘みたいなカップルもいますよ」と皆川さん。うーん、やたらに詳しい。
さて、録音現場に着くと校庭でケチャの撮影をしていた。ケチャはDVDにするときにスチール写真をストーリーに沿って入れる予定ということで、かなり念入りに撮影をしていた。録音自体は一時間くらいのものが始まったら一発録りで、テイクツーの元気なんかないということで撮影の方に時間がかかった。小原さんは相変わらず汗びっしょりで撮りまくり状態。特にケチャの輪の中に入っての撮影は「こんな機会はないですよ」と大喜びで、トランスにならないか心配なくらいだった。周りでは出番待ちのメンバーが芝生でのんびりしていて、そのコントラストも面白かった。
三日前に公演を見に行ったときから気になっていたメンバーが二人いた。ひとりは背格好と髪型が高野寛君によく似た若者で後ろ姿は高野君がケチャやってるみたいで、勝手に「高野君」と名付けた。細野さんにもその話をしていたので、この日は細野さんも「高野君、どこ?」と聞いてきた。納得してくれたかどうかはわからない。もう一人はとてもやせて長髪のバリ人というより、フィリピン人といった感じの青年で、公演ではMCみたいな役もやっていた。この人が撮影のあと細野さんのところへやってきて「僕の妻は日本人で細野さんの大ファンなんです」というではないか。奥さんが書いたという絵が載っているバリの本をプレゼントしていた。ここで細野さんの新兵器、デジタルポラが登場して二人の写真を撮り、すぐにプリントアウトして渡すことができた。この彼がフィリピン人みたい、と思えたのを始め、ケチャは上半身裸なのでハワイアンみたいだったり、インド人みたいだったり、バリ人の多様さがよくわかる。ガムランはバリの正装をするのでみんなバリ人に見えてしまうようだ。
録音の方は順調に進んだ。真ん中に6本のマイクを立ててサラウンドで録る。もともと真ん中にいる人をトランス状態にするような宗教儀式から生まれたケチャなので、サラウンドで聞く人はその真ん中の人と同じ状況にあるわけだ。モニターに座らせてもらったが、かなりクラクラ来る。「これは霊感とか強い人はキケンですね」と言うと「ほんとほんと。とにかく運転中は聞かないようにと書いとかなきゃね」と鳥居さん。加藤清先生(バリによく来る精神科医の第一人者で細野さんが尊敬している長老的存在の方)なら治療に使うかもしれないと思った。
ケチャの録音は音だけを録るのだが、進行にはダンスが欠かせないのでダンサーも中に入って踊る。しかし、もう衣装は着替えて普段着だ。他の大勢が半裸の正装(?)の中でジーンズで踊るダンサーが面白かった。
録音は一日目にふたつ録ってしまったのでこの日で終了。スタッフは片づけを始めたが我々は例によって一足お先に帰る。またまた例によってどこで食事しましょうかという話になったが、今日は時間も早いのでまずはお茶でも飲むことにする。「ミカミ君の友達の店っていうところ、行ってみるか」ということで、アンカサへ。コテツ君に連絡するとバリで音楽をやっている日本人のミチロウという人を呼んでいた。何日か前にコテツ君が「細野さんに渡して欲しい」とホテルに届けてくれたCDの「PLANET BAMBOO」のメンバーになっている人で、コテツ君が細野さんに会わせたがっていたのだ。
そして結局アンカサでパスタなど食べて食事も済ませてしまう。そうそう特製ハンバーガーがあったので細野さんが「今日はこれでいいや」ということになったのだった。ハンバーグ好きの細野さんにはバリでは貴重なメニューかもしれない。今度、同じ様に海外に出るときは、コーヒーと共にハンバーグをレトルトパックして持っていくといいかもね。
(三上敏視)
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