「おひらきまつり2001」報告

 今年の「おひらきまつり」は節目の年ということで盛りだくさんの内容になり、出番も多く大変だった。
 前日に伊勢入りして、午後3時から顔合わせのリハーサル。場所は猿田彦神社参拝者休憩場。ときおり参拝の人がトイレに入りに来たりする。でもそういう人はこちらのことはわからないから、ちよっと不思議そうにするだけ。
 まずは金梅子(キムメジャ)さんとのコラボレーションである「日巫2001」の、麿赤児さんとの部分からスタート。麿さんとの共演は初めてだが、どちらも即興を大事にしているので、ぶっつけ本番でもいいくらい、というノリ。それでも段取りがあるので決めごとを少し決めて、あとは「こんな音になるでしょう」という音を聞いてもらっていたら金梅子さんが到着。麿さんとすれ違う部分を少しやってみて麿さんパートは終了。
 少し休憩して金さんたちとの打ち合わせに入る。着替えの間に麿さんに続く第一場の演奏の打ち合わせ。事前に韓国へ行って振り付けのビデオを撮ってきて見ているので、進行に合わせて中心となる楽器の順番を決めていく。石笛からスタートして能管、ボイス、笛、ディジェリドゥー、ベル、というようなくらいの取り決めだが。実際に演奏してみたが、もともと金さんがモンゴロイドユニットの奉納演奏をイメージして振り付けを作っているので「大丈夫でしょう」ということに。
 第二場はムーダンの「クッ」の録音を春に預かり、細野さんがリミックスしたものを使うので、リハはなし。第三場がいよいよ韓国の楽士の人たちとの共演となる。韓国側の演奏はすでに固まっているので、日本側はこれに合わせていくというスタイルだ。これも音と振り付けの展開は事前にビデオで確認しているのでチャートを作り準備もできている。まずは韓国の音を聞いてみるということで演奏してもらったが、途中から各々演奏に参加してしまい、モンゴロイドユニット内での打ち合わせはほとんどなしのまま、OK。今回は金さんの他に8人の女性ダンサーが群舞で参加しているのだが、この演奏が終わったときに手をたたいてくれたので安心した。韓国を代表する舞踊家と日本を代表する音楽家のコラボレーションの初顔合わせのリハーサルは実にあっさりと終わった。
 夕食後に今度はモンゴロイドユニットのリハーサル。実は今回、直前に僕と高遠さんで作っている曲の中から一曲やるかも知れないからデモを持ってくるように連絡があり、札幌を出る前にあわててCDを焼いたのだった。で、リハの現場で細野さんから「三上君たちのやろうと思うけど何にする?」と言われたので「ひねもす」という曲が今回合っていそうなのでそれをやりましょう、ということになる。
 もともとシーケンサーを使って作った曲なのでライブでどうすればいいか不安があったが、そこはさすがモンゴロイドユニットのメンバーで、ほとんど初めて聴く曲をなんとかライブ仕様にしてくれた。細野さんはベースを弾きながら太鼓も叩くというワザである。えらいこっちゃ。この曲のリハ、たぶん所要時間は1時間くらいだっただろう。「気持ちがいいからいくらでもできるね」と言われて一安心。
 去年やった「AIWOIWIAOU」も一応やってみたが、今回は残念ながら見送ることに。「バースデイソング」は恒例になったからやろうか、ということになった。僕はこの曲、最近はウクレレが定番だが「ひねもす」でガムランに合わせてピッチを変えているのでギターにすることに。このへんは好きにやらせてくれるので嬉しい。「ギターいい感じだからソロいってみようか、その次スリン」とバンドっぽくなる。で、「眠いからやめようか、大丈夫だよね」で終了。東京を早朝出てきた細野さんは、この日は寝ていないのでした。
 6日は快晴。ステージリハが2時なのでそれまで自由時間。恒例の神宮参拝を皆で行く。まずホテルから歩いていける外宮へモツ(浜口)さん、皆川さん、鳥居さん、雲龍さん、僕の5人で参拝。雲龍さんが神社や神様には詳しいのでいろいろ解説してくれる。モツさんはクリスチャンだが、すっかり神宮の雰囲気が好きになったようで毎年参拝している。今回は皆川さん、鳥居さんが写真を撮りまくっていた。
 帰りがけに伊勢市の駅前通をひやかして帰ったが、皆川さんは刃物店で肥後守のようなナイフを買って嬉しそうだった。知らなかったが名物らしい。この駅前通はさびれているがレトロな感じが残っていて、気に入っている。とくに若草屋という店は飲食店兼土産物店だが、群を抜いてすごい。デッドストックっぽいものもいっぱいあって、スキモノにはたまらないだろう。
 いったんホテルに帰り高遠さんを加えてタクシーで内宮へ。内宮は猿田彦神社の近くである。この日は例年より人出が多く、道路も混雑している。猿田彦神社あたりから渋滞して車が止まっているが、実はこれ内宮の駐車場に入りたい車のようで、タクシーは強引に交通違反のセンターライン上を走り、ごぼう抜きしていく。はたして渋滞の先端は駐車場だった。内宮より先に行きたい車も知らずにこの列に止まっているんだろうなあ。 そんな混雑なので内宮もすごい人出だった。「毎年同じ時期の同じ時間に来ているのに今年はすごい」と皆で言い合う。テロのせいで海外旅行が激減して国内旅行に振り代わっているのだろうか。それとも伊勢がブームなのだろうか。特に団体客が多かった。
いつもと同じルートでいつもと同じお参りをしたが、内宮は気持ちがいい。参拝が終わるとモツさんは早くもおかげ横町の地ビールへと意識が向いていた。伊勢の地ビールはうまい。今年は特に季節限定の珍しいビールも売っていてモツさんは大喜びだった。おかげ横町も店が変わったりして「活き」が良くなっている。これなら客も増えるだろう。是非別の機会にもゆっくり来てみたいものだ。
 猿田彦神社へ戻り、弁当を食べて一休みしてからステージリハが始まった。
 サウンドチェックをして「ひねもす」を少しやってみるくらいで、リハは終了。あまりやると本番の即興が新鮮ではなくなるのと、会場がオープンなので関係者以外の人も多く、細野さん、あまり音は出したくないという感じだったのかも知れない。楽屋へ戻り、いつも我々のステージに置く祭壇を作る。95年の神戸の「アートパワー展」から恒例になっているのだが、カミさんのみかみめぐる制作のものである。本人が来れないときは指示書に従って僕が作る。
 4時半から「野焼きまつり」の神事がはじまり、火打ち石で火がつけられ、これがステージ左右の篝火の火となる。モンゴロイドユニットの「露払い」の演奏のあと、この火がステージ前に積み上げられた野焼きの薪に移され、地元の人たちが作った土器が焼かれるわけだ。
 演奏はいつものように即興の奉納演奏から始まる。雲龍さんの笛から、というのがいつものパターンだが、そのたびに新鮮だ。僕もいろいろ楽器を持ち替え、時にはおもちゃまで使って「お店みたい」と言われるが、その時に出したい音を演奏するのと共に、自分の楽器たちにこの場で音を出させてあげたいという気持ちもある。結局使わない楽器もあるのだが。
 二曲目は初めて演奏する僕の「ひねもす」。メンバー紹介の時にも話したが、これは15年くらい前に作ったもので、何人かに歌ってもらったのだがぴったりくるシンガーがいなくて、歌い手のいないままずーっと暖めていた曲だった。高遠彩子さんがモンゴロイドユニットに加わってきたので去年お願いしてみたら気に入ってくれて、見事に歌ってくれた。これをきっかけに何曲か二人でデモを作っている。初めての演奏がモンゴロイドユニットだったのは感慨深い。細野さんは右手で太鼓、左手でベース。奏法はヒミツ、というほどでもないが、説明もしにくい。
三曲目はおなじみの「バースデイソング」。この曲は実にいろいろなところでやって、そのたびに違うけど、今回も新鮮だった。ただ、ギターに気をとられてコーラスがつけられなかったのが残念。修行が足りない。
 いつもは30分のステージを短めに終わる我々だが、なぜか今回45分ほどやってしまった。珍しいことである。三曲なのでそれぞれ長めにやった方がいいかな、という感じではあったけれど。
 終わったあと、今回の海外ゲストの招聘をしてくれているプランクトンという会社の川島さんが「ひねもす」がとてもいい曲だと言ってくれて嬉しかった。お墨付きをもらえたような気がした。
 控え室に戻って夜のお弁当。いつもこのパターンなので野焼きまつりには休憩していることが多く、ゲストの古謝美佐子さんが始まる頃に外へ出る。古謝さんとはこの一年、何回か大阪や札幌で顔を合わせているので伊勢で会うのが楽しみだった。僕を見つけると手を振ってくれる。ほんとうに素直でかわいい人である。なんでもすぐ顔に出るので楽しい。そしていつもまず、ライブで最初に古謝さんの歌声を聞くと涙腺がゆるむ。
 スペイン・ガリシアからのゲスト、カルロス・ヌニェスは意外とくせのない演奏だった。チラシの写真がかなり怪しい雰囲気だったので、ちよっと変態っぽさを期待したのだが...。去年のスティーブ・クーニーの方が変だったな。最後はステージにお客さんも上がって踊りまくる、お約束通りの展開となり、無事に終了。僕らが長くなったせいでもないだろうが、終了は10時近くになっていた。
軽く打ち上げてホテルへ。ホテル向かいのみんなの買い出しスーパー「ぎゅーとら」の11時の閉店間際に飛び込み、皆お菓子やら酒やら買い込む。97年からこれをやっているから「ぎゅーとら」で買い物しないと伊勢に来た気がしないと皆が言うくらいだ。シャワーを浴びたあと、恒例のカフェ・東へ。ぐずぐずしていたら一番遅かった。細野さん、いつものバリの腰巻き、カインの姿。鳥居さんも同様。あとは皆いつでも寝られる格好なのでパジャマ・パーティーの趣。またまた鳥居・皆川の博識ぶりで話に花が咲く。このふたり、クイズ番組に出ればかなり稼ぐな。ミリオネアになれるかも。僕は辞書ひくの早いからライフライン役で...。なんだかんだで2時過ぎにカフェは閉店。この間、コーヒーを入れつつ、DJをこなす東君であった。ハワイアンが良かったな。
 7日は曇りがち。今日は踊りがあるので雨が心配だ。出演者であるが制作側にもいるので事務局に顔を出したりして、情報収集。雨が降るかも知れないということで降った場合の対応をいくつか想定している。最悪は中止。うーん、それはないと思うが...。
 ステージでまず麿さんとのリハ。ここでもほとんどサラっとやるだけ。本当にぶっつけでわくわくする。続いて金さんたちとのリハをしている途中で雲行きが怪しくなり、雨が降り出した。かなり本降りになってリハも一時中断。ステージにシートをかける。たぶん、多少の雨なら僕らも金さんもやると言うだろうなと思いつつ、空を見る。黒い雲が通り過ぎ、青空がそのうしろに見える荒れた空だ。石笛を吹くと雨が落ちてきたので、雨乞いになっちやったのかな、などと言いながら、チベタンベルなど雲を晴らしそうな楽器を鳴らしてみたりする。その後雨は上がってリハの残りを大急ぎでやった。結局、通しリハは一度もないまま本番を迎えることになった。
 メンバーは控えに戻ったが、僕は隠岐島前神楽のセッティングがあるので現場に残り、見守る。今回は是非この神楽を呼ぶべきだと言い出しっぺになっていたので、心配だ。隠岐で見た僕の感動をこの伊勢で、みなさんに伝えることができるだろうか。とにかく神楽は現地で見るのが一番だが、なんとかここでもそれに近い環境を作りたかった。普段はPAのない神楽なので歌もせりふもよく聞こえないのが当たり前なのだが、音響オペレーターがいる今回はできるだけ肉声を拾うようにセッティングを進めるため、神楽の人たちもとまどいがあったようだが、なんとか準備は終わった。ただ、今回太鼓を神社の「さだひこ太鼓」から借りたのだが、いわゆる和太鼓グループ用の太鼓の質の低さには驚いた。締太鼓はボルト締めだったので見た目も良くないから二つは僕と細野さんのものを使ってもらったが、それで音も落ち着いた。ま、以前から和太鼓グループは音楽とは違うものが多いなと思っていたが、音、特に響きに対して鈍いようだ。
 さて、二日目の「おひらきまつり」がスタート、沖縄の伝統舞踊のしば能龍さんが一曲舞ったあと、いよいよ島前神楽である。別冊太陽の「お神楽」でもスポットを当てたし、今回も言い出しっぺということで急きょ解説役をやらされる。なれない解説だったが、少しは役に立っただろうか、お客さん。
 神楽は巫女舞から始まり、祓いの舞に続いたが、これは神事色の強い舞で面も着けていないので、お客さんの反応はいまいちだったようである。しかし、これは神楽の基本なので見続けていると面白く、僕は大好きである。特にここの祓いの舞の膝をカクっと落とす振りは興味深い。巫女舞もお囃子のビートを意に介さないかのようにしずしずと踊るじらし方がいい。
 三番目の猿田彦の面が出てくる「先祓い」から舞もダイナミックになり、お客さんも乗り出してきたし、神楽の面々もノってきたようで、全体のグルーヴが渦巻いてきた。猿田彦が登場した時は突風が吹く。こういうことはよくあることで本当に神が来たと思えるのだ。注目の四分の三拍子も出てくる。ほとんど舞のスペースは畳二畳なのだが、それを感じさせないスケールがある。続く素戔嗚尊の大蛇退治の演目「八重垣」にはそこで立ち回りまであるのだ。お客さんの拍手の熱さにホッと胸をなで下ろし、「おっと、次はこっちの本番」とスイッチを切り替えるのが大変だった。
 まったくこの7日のスケジュールはきつかった。隠岐島前神楽は僕の思い入れで呼んでもらったようなものだし、金梅子さんとのコラボレーションは細野さんの助手としてリミックスを手伝ったり、準備で韓国へ二回行ったりした、これまた責任あるプロジェクトだった。とにかくあとひとつ、無事終わって欲しいと思った。内容に不安はなかったので雨だけが心配だが、どうやら持ちそうである。夕方の雨は「清めの雨」だったのかな。
 さて、いよいよまったくのぶっつけに近い麿さんの踊りから「日巫2001」ははじまった。予定より時間は長くなったが、順調に進んだ。ガムランの音色で踊る麿さんというのも面白い。モツさんのパーカッションも冴えた。金さんとの第一場になり静かな世界に入る。即興なのでなんとでもできるのだが、踊りに合わせすぎても行けないし、流れには乗らなければ行けないし、難しいがこれも面白い。
 第二部は約20分間のテープなのでいったん臨時控え室の小屋に入る。枝豆やフライドポテトなどの差し入れが来る。で、この小屋の前に屋台のバーが出ているもので、ついつい酒を買ったメンバーが二名。さて、誰でしょう。しかし、この時くらいはおごれよ、バーテン ! あっ、ばれちゃったかな。
 第三部は、韓国の楽士のリードなのでわりと気楽。声を入れる場所の指定があった高遠さんだけは緊張していたかも。これも面白かった。だって踊っている金梅子さんがこっちに顔を向けているとき、ニコニコ笑っているんだもん。こういう形で日韓の文化交流というかコラボレーションができたのは初めてではないかなどと考えながら、もっとやっていたい、と思った。踊りは構成が決まっているから、もう少し、というわけにも行かないからエンディングが寂しい気がした。それと舞台後ろのご神木の上に最後に登場した麿さんを我々からは見ることができなかったのも残念だった。
 終わったあとはとにかく良かったという安心感と、うまくできたとい達成感でいっぱいだった。細野さんも「きみたち、良かったよ」と言ってくれた。細野さんもかなり気を使って演奏していたのでさぞ安心したことだろう。このコラボレーションは多くの人々に知られることはないと思うが、日本と韓国にとって画期的かつ重要な出来事となったと思う。とにかく金梅子、細野晴臣という霊的な世界を理解する二人がつながったことがこれからのためになるだろう。今度は韓国で是非やりたいものである。ふと、中上健次が生きていてこれを見たらなんと思っただろうと、これを書きながら思った。
 8日の朝、朝食をとっている時に福澤もろさんが登場した。会うのは一年ぶりである。体調を崩していて、「おひらきまつり」には参加できなかったがこの日の猿田彦神社本殿での奉納演奏には是非参加したいと駆けつけてきたのだ。夕べ遅く着いたが、体のことを考えてカフェ・東には来ないで休んでいたらしい。
 今回で5年連続の奉納演奏だが、もろさんが休んだのは一度だけ。一年ぶりに拝殿に「神からもらった声」が響いた。演奏は短めだったが、皆、ちょうど良かったと言ってくれた。おととい、昨日と即興の奉納演奏はしていたからそれの総集編のようなものである。これでお役目はすべて終了。長いような短いような「おひらきまつり2001」が終わった。おつかれさまでした。
(三上敏視)

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