桃源郷ライブ報告

 4月7日に「石和ざぶとん亭10周年記念企画第1弾」として行われた『たい平と行く1日桃源郷バスツアー』で"MICABOX feat.Ayako Takatoh"がライブをやりました。林家たい平師匠と一緒に新宿からチャーターバスで山梨県一宮町の桃畑に行き、ピクニック気分の中でビールやワインを飲み、食事をしながら音楽や落語を生で楽しむというまことに贅沢な企画であります。以下はその報告。

 三上敏視+高遠彩子の二人は今回のライブは 初めてやるスタイルなのでリハーサルの必要があり、前日昼頃に石和に入った。バス停で主催のばばさんの出迎えを受けたのだけど、連れて行ってもらった近くのそば屋の看板になぜか小さく「実家」と書いてあるのを我々は見逃さなかったのだった。意味不明の「実家」なので「さねいえ」じゃないの、などと言っていたのだが、店内にはあの『風流夢譚』の深沢七郎さんの写真があるではないか。そこはなんと深沢さんの実家だったのだ。そば通で知られる高遠嬢なのでまずはそばを、ということだったのだけどなかなか深いぞ石和は。
 食事のあと隣の一宮町にある翌日の会場へ下見に行く。その桃畑は南アルプスを遙かに望む斜面の上の方にあり、めちゃくちゃ景色が良い。山にはまだ雪がたくさん残り、青空と新緑、そして桃の花が絵のような景色で広がっている。辺り一帯の桃畑は「桃まつり」をやっていて訪れる人も多い。農園主の田辺さんを紹介され挨拶したら、お茶をすすめられ、自家製の桃のシロップ漬けや野沢菜漬けの炒め煮などをいただく。交わされる会話の話題は「明日の天気」。予報では夜から雨になるということだ。翌日雨が上がっても下は濡れているだろうし、ばばさんは雨対策で頭が痛い様子である。そんなばばさんから図々しくも我々は車を借りて一路信州高遠へ。

 実は三上家代々の墓が高遠の桂泉院という寺にあり、しばらく墓参りをしていなかったので、この際だからと行くことにしたのである。高遠さんと高遠へというわけだが、実は高遠さんは高遠という名前の響きが好きで自分も高遠という名前にしたのだ。で実際に高遠という所も気に入り、何度も訪れているらしい。我々二人にはこういう深い縁があった訳なのである。この数行に何回高遠が出てきたことか。
 中央高速で諏訪南まで行き、そこから国道20号を走り、茅野から国道152号を左に折れて杖突峠を越えて高遠に入る。何度も走ったルートだが、かつて車がすれ違えないくらい細かった峠の入り口が新しい道になっていて、対向車が続々と降りて来るではないか。そこで我々は気がついた。「高遠の桜も咲いているのだ」と。もともと「桃源郷ツアー」は4月14日に予定されていたものが、花の咲くのが早いので急遽一週間早めたものである。4月20日頃が見頃の高遠の桜も咲いているぞこりゃ、というわけだ。
 峠に入る前に雲龍さんから電話が入る。「これから地元のラジオで笛を吹きます」ということでラジオをつけるが峠なので電波が悪い。峠を下りたあたりで雑音混じりだが笛が聞こえた。笛が終わるとノイズしか聞こえず、また笛が始まると笛だけ聞こえる。「やっぱ雲龍さんは人間じゃない」と高遠嬢。そんなこんなで高遠に入ったらやはり花見客で大混雑、交通規制も行われていた。高遠城址公園の桜はコヒガンザクラで最近とみに花見の名所として有名になっている。桂泉院はその上の方にあるものだから交通規制で進入禁止らしい。商店街でお供え用の花を買い、土産用に「亀まんじゅう」を買い、車を駐車場に置いて、臨時の「お花見循環バス」で城址公園まで行き、歩いて桂泉院へ行った。公園を少しはずれるといつもの静かな高遠の町で、車で来ても大丈夫な感じだったが、ま、今日は歩けということだろう。桂泉院の門前にも見事な桜が満開で贅沢な気分になった。
 水を用意してたら車が来て和尚さんが降りてきた。今回はさっとお参りしてさっと失礼しようというつもりだったがお参りのあとに声をかけられ、お茶などごちそうになった。話していると和尚さんもそば通だと言うことになり、しばしそば談義。どうも高遠嬢といるとそば好きに包囲される感じがする。

 帰りは歩いて下まで降りようということになり、入園料500円を払って公園を通り抜けることにした。桜は満開である。コヒガンザクラは品がいい。そして公園には濠のあとなど適度に斜面があるので視界のいろいろなところに花が配置されて美しい。今年は予定外に早く咲いたので、あわてて見に来た人が多いようで本格的に宴会をやっている人が少ない。僕がかつて来たときもこんなじゃなかったし、高遠さんも「満開なのにこんなにスペースの空いているのは初めて」と驚いていた。
 車に戻り、高遠さんが去年秋に雲龍さんの紹介で来たときに訪れたという店へ行く。ここももちろんそばである。和尚さん推薦の店も選択肢にはあったが、うーん、ここは確実な線を選んだわけだ。そこは「高遠そば」と名付けて熱心にそばを打っている店で高遠さん好みのそばだということだ。おいしかった。
 6時頃に高遠を出て石和へと帰る。途中で雨が降り出し「ありゃりゃー」と言っていたのだが、甲府盆地に入ったら降った様子がない。今夜世話になるばばさん宅に戻ると雲龍さん一家が着いていた。馬場さんは雨対策で走り回っているということだった。食事などしていると僕の学生時代の後輩、是安夫妻が到着。久しぶりなので顔が見たいとやってきたのだが、車にはベースが積んであるということなのでライブを手伝わせることにする。そうこうしているうちに馬場さんが戻ってきた。桃畑の近くのお寺を貸してもらえることになったので雨が降っても大丈夫、という報告で、さすがにホッとした様子だった。そして「温泉に行きましょう」ということですぐ近くの石和温泉へ。着いたのは立派な温泉旅館で温泉も良いが、サービスがいい。あかすりタオルや子供用のお風呂のおもちゃまで用意されている。ひげそりは一枚刃二枚刃の二種類あるし。このごろは某k志郎氏もよく来るそうである。時には自転車で。これでは匿名になっていないか。というわけでやっぱりなかなか深いぞ石和は。

 温泉から帰って小一時間リハーサル。寝ている人には申し訳ないが音を出させてもらった。少しでもやっておけば安心である。問題点もわかったし、あとは明日の朝にしようということで終わる。別の部屋では翌日のランチ、タイフーンカレーのキショー君がカレーの仕込みをしている。いい香りの中で倒れるように寝る。この時点での天気予報は昼頃まで雨、ということだった。
 翌朝目覚めると。地面が濡れていない。まだ降っていないのだ。どうりで近所の鶏がうるさかった。コケコッコーではなく「たっすけてー」と聞こえるので、一回ビックリして目が覚めたほどだ。馬場さんは6時に家を出て新宿へ行ったらしい。新宿の集合時刻はなんと8時半なのである。我々は9時からまた小一時間リハをして出発準備。会場へ着くと曇りで南アルプスは見えないが、花は見れる。「カンカン照りよりは疲れなくていいよね」などと言いながら準備をする。田辺さんが飾りのためにどんどん桃の枝を切ってくるのでビックリ。いいのかなあ、と思うがケチケチされるより全然嬉しい。下の方から歩いて上がってきたツアーの面々もみんなニコニコしている。よっぽどバスの中が面白かったのだろう。なんとバスは満席だったそうだ。ばばさんおめでとう、である。生ビールのセッティングをして挨拶&乾杯。タイフーンカレーは辛みを抑えてタイ風グリーンカレーと、チキンカレーの二種類。それでもカレーが苦手の人のためには弁当が用意されている。気の利く主催者だ。ばばさんえらい、である。でも清里からやってきた長女一家まで紹介してくんなくてもよかったのに。
そして飲んだり食べたりしながら、そろそろライブが始まるぞ、という頃に陽が射してくるではないか。天気予報には晴れマークはなかったので出来すぎである。誰の行いがいいのかなと思ったら、ばばさん、生まれて初めて神棚にお参りしたそうである。行いがいいのか悪いのかわからないが、ばばさんにとっては大きいだろうな、この感触。

 ライブは雲龍さんの笛から始まる。最後の曲で我々が参加して鈴など鳴らす。モンゴロイドユニットの雰囲気になってくる。途中からディジェリドゥーを吹き始めると是安が弓弾きで加わり、高遠さんが声を出し始める。今回、お客さんの年齢の幅が広いということで「リンゴ追分」をサビ抜きで挿入。「桃の花びらが」とも歌ってもらった。続いて「ひねもす」の完全生バージョンその1。高遠さんのギターと僕のミニ琴でシークエンスを作り、笛とベースに加わってもらった。ふたりで表と裏を分担して16分音符のシークエンスを弾くのは難しかったが、止まらなくて良かった。沈没することなく向こう岸に渡れた、という感じ。
 このあとは準備の関係でラジカセでオケを流してというスタイルにした。雲龍さんにはずっといてもらった。ちょっと音が割れたりしたが、変化をつけることは出来たと思う。僕はスリンを吹いたり、鍵盤ハーモニカでタイのケーンのような音を出したりしたが、曲自体が「田舎」をイメージしたのどかなものばっかりだったので、桃畑にはフィットすることが出来たと思う。特にタイ北部の歌に影響されて作った「燕」はデュエット歌謡でデイジーのイベントなんかでやったら浮いちゃいそうな曲だが (浮いてもやっちゃうが)、ここでははまってくれた。それでも聞いている人にとっては聞いたことのないタイプの音楽が続いているはずなので、わかりやすいものをということで師匠の名曲「恋は桃色」をやる。ベース、ギターに歌。なんと安心なスタイルなんだろう。そして最後に「ひねもす」のCDバージョンをオケを使ってやる。これで用意したものは全部だったのだが、まだやれとのリクエスト(ばばさんだけだが)があり、いろいろ考えたがすでに頭にはワインもまわり、アイデアも出なかったのでまたまた「ひねもす」を今度はウクレレとベースでやった。これは伊勢の時の感じである。高遠さんも即興で工夫を加えて変化をつけてくれた。さすがである。

 ライブが終わり、いよいよメインの落語が始まる。たい平師匠も少々酒が入っている様子で、出てくるときに桃の枝にマジで頭をぶつけたりしている。僕は出ばやしを頼まれたが太鼓がないので鍵盤ハーモニカでブカブカやった。実はこの場所での落語にすごく興味があった。音楽、特に僕らの場合は環境に頼って音を出すことが出来る。これだけいいロケーションだったら、ほんと、一体になっていればいいのだから。でも落語は話に場の設定があって、お客さんの頭の中にイメージが広がらないとならないから大変だ。どういう話を聞かせてくれるのかと思ったら、「愛宕山」という山での話を桃畑にひっかけながら見事に披露してくれた。さすがは若手のホープ、たい平師匠である。ばばさんが入れ込むだけの芸人さんであった。二席目の途中でいい気持ちになってうとうとしたが、まったく幸せな気分だった。お客さんの雰囲気も良かった。女性が多かったせいもあるのかもしれないが、朝8時半に新宿に集合して来ようという人たちだもの、客として本物、という感じだった。そういう人たちの前で演奏できたのも良かった。意外と演芸ファンにははっぴいえんどファン、細野ファンがいるそうである。
 無事に落語も終わり、おひらきということになったが、ばばさんはまたバスで新宿まで主催者として添乗である。まったくばばさんごくろうさん、である。いない分は家族総出で補っていて、じつに脱帽のファミリーだった。我々はばばさんちに戻り、仮眠をとった。ばばさんは夜遅くに戻ってきて、やっとお役目終了。あらためて乾杯をした。
 このページの写真は馬場さんのいとこという人が撮ってくれたものである。感謝。(三上敏視)  

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